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はじかれ人の呟き

無職、独身、友達ナシ、低学歴、貧乏、障害アリ。社会からはじかれた男のブログ。

2017年12月の記事

生活保護以下の生活をしています




真冬になるといつも家にいるときは、このダウンを着ている。
もうかれこれ15年は着ていると思う。

これも貰い物というか、営業マン時代の景品だ。
ハイリキと言う当時は一番人気があった缶酎ハイの販売促進キャンペーンでもらった。
かなり頑張って販売した記憶がある。
確か350と500ml缶をケース販売で、200ケースは売りそしてこのダウンをもらった。

そしてもう一つ真冬に欠かせないのが、これ
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ふわふわスリッパ、これが意外と暖かい。
近くのホームセンターで、300円で買ってきた。
これも10年は使っている。

なぜ家の中で、ダウンやスリッパを履いているのかと言うと、暖房器具を使っていないからだ。

もちろん節電や灯油の節約のためである。
うちでは両親も同じようにしている。
それで電気代も月に3000円ぐらいで抑えている。
ガス代も月に3000円ぐらいだし、灯油代だって18リットルだから2000円はいかない。
水道代は2か月に一回4000円だから月2000円だ。
食費は、月平均30000円。
通信費 ネット通信費2000円、携帯代2台で1000円もちろんガラケー、固定電話1500円
      合計 4500円
NHK受信料 2500円
病院代  3000円(両親)

だいたい月平均の支出は 50,000円。

遊びにも行かないし、外食もしない、服も買わない。
私の医療費は障害者なのでかからない。
ガソリン代は月2000円の利用券で足りる。

これで家族3人で暮らしているのだ。

しかし、生活保護費で生活している人は、うちよりもはるかにいい生活をしているようだ。
前に生活保護費が少ないと新聞に載っていた人は、一人暮らしなのに食費が5万円もかけていて、娯楽費が2万円、光熱費も4万円も使っていた。

これには驚いた。一人暮らしで食費が5万円なんてと!私たち家族は3人で3万円なのに。
それに娯楽費に2万円なんて、うちではとてもじゃないが娯楽費なんて出ない。
それでも少ないと言っていた。少し節約したほうがいいと思うが、どうなのだろう?
これが普通なのかな。

私の家族は、ずっとこのような生活をしてきたからこれがスタンダードとなってしまっている。
でも一度贅沢を覚えたら、元には戻れなくなってしまうから、これからも生活保護以下の生活が続いていくのだと思う。

今は、これでも何とか生活できているからいいが、この先どうなってしまうか不安だ。
何事もない事を祈るだけしかない。

両親の年金も頼りない。
国民年金の未納を長年してしまっていたから仕方ないが。

私も頑張って働かなければ家族ともども未来が無くなってしまう。
改めて、気持ちを引き締めた。





☆彡    

つまらない土曜日のスケジュール


クリスマスを控えての土曜日。
リア充の人たちは、それぞれ楽しい週末なんだろうなと思う。

私には、何も予定がない。
去年も一昨年も、その前もずっとだ。

今日は何をしようかと迷ってしまった。
たまには都会へでも出て興味のある店など回ろうかと思ったが、
クリスマスイブ前なので、うかつに町などへ出かけてしまうとえらい目にあう。

町はどこもかしこも、恋人たちの聖地となっているはずだから、一人みすぼらしい中年男は、そんなところを歩いてはいけない。
危なかった。
なんてことを、とんでもない日に考えてしまったかと自分を戒めた。

それでもせっかくのいい天気なので、散歩へ出かけた。
いつもの林道コースを一時間。
朝9時頃だったので、まだ寒く人には会わないだろうと思っていたが、
とんでもなかった。

土曜日なので、地元の70歳近くのおじさん軍団が3組ほど、威勢よく歩いていて静かな散歩どころではなかった。
仕方なく一時間で散歩を切り上げ、家に戻って掃除をした。

そしてお昼になり、有吉さんぽを見てから今度は、破けていた障子を張り替えた。
初めてやったが、それほど難しくはなかった。
障子紙をはがして、温めのお湯につけたスポンジで、張り付いている障子紙のかすをきれいに取り除き、買ってきたのりを薄くつけて引き延ばし、新しい障子紙をその上にかぶせる。
そして定規を使って、カッターで切って終わり。
20分もかからなかった。
意外に簡単にできた。

2時を回った頃、また何もすることがなかったので、久米宏さんのラジオでも聞こうと思ったがあまり内容が、面白そうでなかったのでやめて動画を探して見ていた。
そして3時、お茶でも飲もうと思ったが、お湯が沸いていなかったので水で我慢した。

お菓子は梅味の柿ピー。6パック入りで165円(税別)だった。安かった。
そして今は5時、ブログを書いている。

夕飯が6時ごろだと思う。
それが終われば、テレビでも見ようかな。

今日はビートたけしの超常現象スペシャルがある。
いや待てよ。
出川哲朗の充電させてもらませんか もあるな、どっちにしようか迷っている。

どうせ、あっちを見たりこっちを見たりするだろうから、どっちだっていい。
そして10時半ごろには、眠くなって寝てしまうのかな?

これが、暇な中年独身低賃金パートのクリスマス前の一日です。

若い皆さんは、こんなつまらない中年には、ならないようにしてください。
私は、この先どうなってしまうのかと不安がいっぱいです。
でも何をしていいかも分からないのです。

たぶん、死ぬまでこんな生活をしていくんだろうと思います。
自分で選んだ人生だから、仕方ないな!
少しでも希望を探そう!
サンタさんが、希望をプレゼントしてくれればいいのにな。

では、良いクリスマスを!

☆彡    

殺伐とした雰囲気の職場は好きですか?


働き始めて早くも3週間が過ぎようとしている。
職場の雰囲気も分かってきた。

私の他は、女性パートが3人と同じ50代のおじさんパートが一人だ。
おじさんパートとは、たまにだが話をしているが、他の女性パートさんとは全然と言っていいほど話をしない。

みんなそれぞれ作業机があり、微妙な距離で離されている。
これには無駄話をさせたくないと言う意図があることが、誰が見ても分かる。

しかし、机がくっついていたとしても、無駄話をするほどみんな和気あいあいと仕事をしているわけではないので、大丈夫な気がする。
なんか殺伐としている。
朝出勤しても、みんな挨拶もせずに部屋に入って、マスクをして作業を始めるのだ。

女性パートさんたちとは、はじめは挨拶したのだが、段々としなくなっていった。
それでも目があえば「どうも」ぐらいに頭を少し下げる程度だ。
その目もみんな死んでいるような目だ。

仕事中なにかミスでもあれば、一番年上の60代の女性パートがミスを犯した者をしつこく責めてきたりもたまにだがある。
それだから、みな年上のパートに何か言われるのも嫌だから、ミスのないようにしているようだ。
それで職場が殺伐としている。

ミスをしたところで、すぐにやり直せばそれで済むのだが、何故か誰かを責めようと待ち構えている雰囲気があるのだ。
私も一度やられたが、今までそんな事は山ほど経験しているので、私には生ぬるく感じたので、怒りも感じなかった。

前の職場にも、このようなおばさんパートがいた。
だいたい家庭に問題を抱えている人が多い。
何かしら不満があるのだ。
ほとんどが経済的な問題なのだが。

それでなければ、こんな安い時給で一日中働いてなどいないはずだ。
私だって、貯蓄が少なく将来に不安を感じたので、働いているのだ。
だが私なんて、その女性パートさんたちに比べればまだ生ぬるい方だ。

彼女たちは、みな家庭をもっている。
生活を自ら築いているのだ。
責任を背負っているのだ。

だから職場ではなるべくストレスを受けないように、上手くやっているようだ。
それでなるべく人間関係を悪くさせないように、無駄口を慎んでいるようにも感じる。

それでいいと思う。確かに職場は殺伐としているが、嫌な感じはしない。
むしろその方が望ましい。
仕事だけすまして、とっとと帰りたいからだ。

そういえば、この時期必ず出てくる忘年会などもない。
ない方がいい。
前の職場では、最低賃金のパートで働いているのに、社員と一緒に忘年会に出ないといけないような雰囲気があって、とても嫌だった。

中にはそれをうまく断る理由を考えている奴もいて驚いた。
そいつは働き始めた頃から、周りに「酒がダメで、酒の臭いだけでも気持ちが悪くなる」と言いふらしていた。
そのためそいつだけには、宴会などの誘いがなく、上手く切り抜けやがった。

歳は34歳の奴で同じパート、その時42歳の私はそいつのその様な上手い切り抜け方に驚いた。
そいつとは同期のパートだったので、良く仕事帰りに一緒に帰っていたから、実は酒は飲めるが誘われるのが嫌だからそういう風な事を思いついたと言っていた。
世の中には、そういう凄い奴もいるんだなと驚かされた。
だが、そいつはあまり接客業が好きでなかったようで、直ぐに辞めていった。

私も次の職場では、同じ事をしてみようと思っていたが、どうやらそんな事をしなくても良さそうだ。
良かった!

☆彡    

パイプベッドを30数年使うとこうなる

年末も近づいてきたので、掃除でもしようと日頃はまったくしていないベッドの下をしてみた。
ベッドは畳にじかに置いてあったので、畳の部分が汚れていた。

そこはベッドの真ん中の足が置いてあった場所。
そしてベッドはもう30年を超えて使っているものだ。

たしか二十歳の時、蒲田のディスカウント店で9800円で買ったはず。
はじめてのアパート暮らしで、最初に買ったものだ。

それから実家に戻っても、使い続けた。
そしてこうなった。


画像ではわかりづらいが、ベッドの底の部分のべニヤが割れていた。
安いベッドだったので、底がペラペラのベニヤ板である。

買った当初は、しっかりとしていて硬かったが、30年を超えて使っていたのでフニャフニャになってしまったようだ。
だから、その上に足を置いて体重などかけてしまうと割れてしまう。

マットレスをひいてその上に布団をのせれば何とかなっている状態だ。
そのベッドの上の部分も穴が開いていた。

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やはり安物を感じさせるような作りである。
ベニヤ板の上に薄いスポンジがひいてあって、それを薄い布で覆っているだけだった。

その布が破れて中のスポンジが見えてしまっていた。

もう換え時なのかもしれない。

だが30年を超えて使っているので、なかなか寝心地がいいし
換えるのがもったいなく思ってしまう。

それにまたお金をかけたくない。
今回は保留にしようと思う。

また、本当にダメになった時に考えることにする。

しかし、いくら安物だと言っても30年使えるベッドなんてすごいと思う。
それに飽きもせず、もっといいベッドへ買い換えようとも思わなかった自分もすごいと言っていいのだろうか?

いや、ずぼらと言うか無関心すぎるのかなとも思う。
布団だって同じ年数、使っているはずだ。

カバーだけは換えたり洗ったりしてはいるが。
今はもっと触り心地もよくて暖かく軽い布団もあるはずだ。
来年は、そういった物を買い換えようかなとも思った。

まずは、そのためには稼がなければいけないな。

☆彡    

明日はあったのだろうか?


夕食を食べた後、することもなかったので YOU TUBE を見ていたら偶然、2001年の頃のCM集にたどり着いた。
その中で缶コーヒーのジョージアのCMに懐かしさを感じた。

そのCMは吉本興業の芸人が出ていて、バックの曲が「明日があるさ」だった。
よくそのCMは流されていたので、いやでも耳に残った。

実際、世の中は不景気で仕事をしていても辛い事ばかりが続いていた頃だ。
酒問屋の営業マンをやっていた時で、価格破壊や規制緩和でそこらじゅうで酒の安売りが始まった時だった。

昔ながらの街の酒屋が次々と閉店して、売掛金の回収が大変だった。
きれいに支払いを終えてから閉店してくれればいいのだが、3割がたが自己破産して回収に行けば、もうそこからどこかへ逃げて行った後だった。

それでも、時々聞こえてくるCMの「明日があるさ」を信じて頑張っていた。

「開けない夜はない」
「やまない雨はない」
「苦労の後には楽がある」

など世間や自己啓発本などで言われている言葉を信じて頑張ったが、力尽きた。

そこで私は思った。
この世には、
「開けない夜もある」、「やまない雨もある」、「苦労の後にまた一苦労」
という場合もあるのだと。

そしてその後、回収できなかった分が会社の損失となっていき、共倒れすることになってしまった。

「明日があるさ」と思う事はいいことだが、すべての人に「明日がある」訳ではない。
みんな頑張っている。
しかし、その苦労が報われないことだってある。

私は「明日がなかった」ことに気が付いたが、時すでに遅かった。
もう少し早く「明日がない」ことに気づいていれば、対処することだってできたはずだ。
後の祭りだから、詳しい事は書かない。

それは分かってはいたが、自分だけそうすることができなかったので、会社に残ってしまい明日を失くした。
そして結局みんな一緒に廃業を迎えることになった。

私は、それでよかったと今でも思っている。

みんな一緒なら「明日が来なく」ともいいのではないかと。
自分だけ抜け駆けしても後味が悪い。

あれから10年だが、私にはまだ「明日が来ていない」ようだ。
別にいい。

今は、明日よりもっと先の未来を見ているので。

☆彡    

カレンダーもらえましたか?


仕事の帰りにまた歯医者へ寄った。
予約が13時30分だったので、急いで行ってきた。
先週、歯が削れてしまった部分を白い物で埋めてもらい、そのチェックのため行ってきた。
行ったらすぐ見てくれ5分で終わった。

しかし、またもう一回見たいという事で、来年1月19日に最後のチェックをするとの事だ。
何をそんなに見たいのか分からないが、医者に任せるしかない。

そして帰りに歯医者の先生からリステリンをもらった。
試供品とのことでみんなに配っているそうだ。

私はそういったものは使わないので、いらなかったが口には出せず、そのままもらってきた。
本当は来年のカレンダーのほうが欲しかった。
だがその医院では作っていないのでもらえない。

カレンダーがない!
新年がもうすぐなのに、郵便局でも行きつけのガソリンスタンドでももらえない。
どこへ行ってももらえない。

去年も一昨年もそうだった。
最近はどこも自分の店のカレンダーをつくらなくなったことが原因らしい。

経費削減なのだろう。
ニュースでは景気がバブルを超えたなどと言っているが、これが実態なんだと思った。

どうすれば、どこへ行けば貰えるのだろうか?
昨年はたまたまJAへ用があり行ったところ、くれたのだったが今年は何も行く用がない。
わざわざもらいに行きたくはない。

しかし買うのはためらう。
昔から貰うものという意識があるから、買うのがもったいない気がする。

でもやっぱりほしいな。
買うしかないか。
明日でも、売っている店を探して買ってこよう。

前に働いていた問屋では、今の時期になればキリンやサントリー、アサヒ、サッポロそして焼酎メーカーやら日本酒メーカーからもらったカレンダーが有り余るほど会社にあったから好きなカレンダーを好きなだけもらってきた。
しまいには余ってしまい、数十枚のカレンダーをよく捨てていた。

あの頃は、まだ景気が今より良かったのだ。
それからは、段々とカレンダーを作る会社が減っていき、しまいには各お得意先に配る分を確保するのが難しくなっていった。
そしてカレンダーの心配がなくなったと同時に、会社もなくなってしまった。
残念!

時代の流れは残酷だ!
これからも、なお一層厳しくなりそうだ。
鬱。


☆彡    

誰に髪の毛を切ってもらったの?


髪の毛が伸びてきたので、切ってもらった。
床屋さんではない。

我が家では小学生の頃から母親が、髪の毛を切ってくれる。
それが今もづっと続いている。

その頃は、床屋で当時3000円取られるのが、もったいなくてうちで
切るようになった。
母親にやってもらったところ、なかなか上手に切ってくれた。
そして今まで続いているのだ。

しかし、高校生からは反抗期やしゃれっ気も出てきたため、それにアルバイトもするようになって金回りが良くなったので、床屋へ行くようになった。
社会人になってからは、一時アパート暮らしをしていたので、床屋へ行っていたが30を過ぎた頃、実家暮らしになっていたので、また母親に頼んで切ってもらうようになった。
母親は親父の髪の毛はずっと切っていたから腕は鈍っていなかった。

30代は営業マンで外回りをしていたので、行った得意先で髪の毛を切った次の日には、タモリのセリフではないが「髪切った?」とよく言われた。
そして必ず「誰に切ってもらったの?」とも聞かれた。

聞いてきた人は、「彼女にでも切ってもらったんじゃないの」と必ず付け加えてきた。
しかし、母親だったので正直には言えなかったから、「床屋ですよ」といつもごまかしていた。

母親に切ってもらったなんて言えない。恥ずかしいからだ。マザコンだなんて言われそうだし。
ずっと、30代から今まで聞いてきた人には、嘘をついてきた。

しかし、50を過ぎた今は恥ずかしくもなくなった。
聞いてくれる人もいなくなったが、聞いてきたら正直に話すつもりだ。
83歳の母親に切ってもらっていると言ったらどう思うのだろうか?

きっと母親の方を褒めるに違いない。私だってそうだ。
切ってもらえる人は、ただ座っているだけなのだから。

このままいつまでも切ってくれるといいのだが、歳も歳だし心配である。
今の調子なら、まだまだ大丈夫そうなのでこれからもやってもらうつもりでいる。しかし、私の方が危なそうだ。

それと昨日の話の続きになるが、いつもお昼にいる車のおじさんなのだが、今日はいなかった。
何時もいると言うより週に3~4日だから時々と言った方がいいかもしれない。
きっと私の思い違いではないかと思う。

自分がしていたから人も同じ事をしているんだと思ってしまったのかもしれない。
まあ、人は人だ。他人にかまっていられるほど自分の生活が充実しているわけではないので、今は自分の事だけを考えて生きて行かなければならない。

仕事の方も相変わらず、職場では仕事以外の世間話などできる環境ではないので、ただ黙っての仕事が続いている。
パートの女性同士は、たまにおしゃべりなどするが主任から注意をされるとすぐに仕事に戻るといった調子だ。
私が思うには、職場の者どうしでの接触をなるべく、させないようにしているのではないかと思っている。

職場の者どうしで話せば、必ず時給の話が出てくる。そしてあそこの仕事の方が時給が高いとか話題が上がり、やる気が無くなる者や転職していってしまう者も出てしまうからだ。それに何より働いている間は、サボらせないようにして仕事をみっちりやらせたいのはどこの会社も同じはずだ。
生産性だ効率化だ!と働いているものを追い込むように仕向けるのが今の時代だから。

こっちだっていつまでも安い時給で働きたくはない。
暇があれば無料の求人誌を見ている。
しかし、相変わらずだ。出るのはため息ばかりだ。

☆彡    

大丈夫なのかと心配になった


いつもお昼を食べに寄る公園でのこと。
その公園は、そんなに大きい公園ではないが、駐車場だけがやたら大きい。

30台ぐらいは停められそうだ。
その駐車場に、いつも停まっている車がある。
お昼を食べに寄ると必ず停まっているのだ。

はじめはその車の人もお昼を食べに来たんだと思っていたが、どうも様子がおかしい。

出勤途中にその公園の駐車場が道路から見えるので、今朝の出勤の時も何気なくそっちを向くと、同じ車があった。
時間は7時半過ぎだった。

その人は出勤時にも公園の駐車場に寄っているのかと思ったが、どうも違うようだ。
なぜそう思ったかは、何回か朝に、その駐車場に停まっているのを見たこともあるし、
今日は、朝と同じ場所にお昼も停まっていた。そういう事が何回かあった。

今日は月曜日なので駐車場はいっぱいだったはず。それだから、もしその人が後から来たら同じ場所へ停めるのは難しいはずだ。
まあ偶然同じ場所が空いていることだってあるが、確率は低い。

それに自分がいつもその公園による時間は、昼の1時半ごろだから駐車場もすいているし、お昼を食べに来た人は、とっくにそこにはいなくなっていた。
だがその人は、車のシートを倒して寝ているようだ。

昔、問屋の営業マンをしていた時もよく公園でお昼を食べてから少しシートを倒して昼寝をしたことがあるが、さすがに1時半過ぎまで寝ていたことはない。
そんなに車のシートを倒しても寝れないのだ。

今日は少し様子を見ようと長居した。
2時半ごろまで私もシートを倒して様子を見ながら寝ていた。
しかし、2時半を過ぎても、その車だけが動かなかった。中の様子を見たらその人は、新聞を読んでいた。

歳は同じぐらいに見えた。メガネをかけていてネクタイもしめていた。
サラリーマン風だ。
怪しい風には見えない、どこにでもいそうな感じの人だった。

ふと、もしかしてと思ってしまった。

エア出勤ではないかと!

私も昔やったことがあった。仕事をやめてしまった時、親にも話せなかったので、毎朝、おにぎりをもって出勤するふりをしていた。
その時も実家暮らしだったし、転職も2回目だったため辞めたとは言えなかった。
親から「お前は根性なしだ!だらしがない!」とか言われるのではないかと恐れていたから、言い出せなかった。
実際には、辞めたことを伝えても何も言われなかった。
むしろ「若いうちだから、納得のいく仕事を探せばいい」と励まされた。

そんな経験もあったので、もしかすると、その人も仕事を辞めたことを家族に言えなくて公園の駐車場に車を停めて夕方の帰宅時間までそこにいるのではないかと思った。
だいたい同じぐらいの年の人だから、家族を持っているはず。奥さんや子供もいるはずだ。
そうなると、私の比ではないはず。一家の大黒柱だから仕事をやめたなんて言い出せるわけがない。
もし自発的にやめたのではなくてリストラや倒産だとしても同じことだ。

これは私の想像なので事実は分からないが、そうであってほしくない。
エア出勤は非常に辛い!

私も3か月間、エア出勤をしたが、行くところがなくなるのだ。ハローワークには毎日のように通い、ホームセンターや家電量販店、デパートなどを渡り歩き、そして最後は、図書館にたどり着く。
そこには、やはり同じような境遇の人が何人か集まってきていた。
それを見ていると、やりきれなくなる。

そういう風な生活が長引くほど、死にたくなってしまう。
人によっては行方不明なんて事もありえるはず。

もし、その人が本当にエア出勤をしているのなら、早く仕事を探してもらいたいと思う。
同じ場所にとどまってしまうと、どうにでもよくなってしまうからだ。
公園の駐車場などは、何時でもいつまでも停めていられるからダメになる。
早くそこから脱出してもらいたい。

そう思った。
しかし、本当にエア出勤をしているかどうかも分からないので、しばらくは様子を見ることにしよう。
そうでないことを祈る。

自分の様に苦しむ姿は、見たくない。ましてこんな世の中では、非常に深刻さを感じるからだ。


☆彡    

追い込まれた男 解雇そして...


体調もあまり良くなかったので、今日は散歩もしなかった。

暇だ!
お昼過ぎ、何気なくテレビをつけたらザ ノンフィクションがやっていた。

途中からなので、面白くないかと思ったが、引き込まれていた。
内容は、年をとったホストの伯爵の話だ。

昔はかなりの売れっ子だった伯爵が、今は若いホストたちより売り上げが上がらず、バカにされ店のトップのナイトからも解雇されてしまう。

しかし、またボーイからという事で、店に戻ってきて再起を果たすという内容だった。

店の若いホストに馬鹿にされている場面を見ていて、私にもこんなことがあったなと思いだした。

それは家電量販店の販売員のパート時代で、その時は40代前半だった。
ほとんどの販売員は、20代で30代の者は主任とか部門長になっていた。

そんな中に、私と後2人50代のパート販売員がいた。私は初めての家電の販売だったが、あとの二人は大学を出てからずっと他の家電量販店で販売員をしていた経験者だった。

彼らは家電についていろいろ知っていたので、20代の者から先輩として扱われていたが、初心者の私は素人なので、彼らから見れば頼りないおじさんにすぎなかったようだ。
だから、下手に家電について質問などしてしまうと、バカにする奴もいた。

しかし、自分で空き時間を使って勉強して知識を身につけ、売り上げを伸ばしていき店の売り上げのトップになる日も多くなると、彼らの態度も変わった。
今までは、鼻で笑っていた奴らが、今度はすれ違う時に頭を下げてきた。
さすがに、その変わりようには舌を巻いたが。

話がそれたが、伯爵は解雇されたが、心を入れ替えて戻ってきたようだったが、戻ってきた理由に「ハローワークへ行ってもできる仕事が見つからなかったから」と言っていた。

伯爵お前もか!と思ってしまった。
やはり家電量販店で働いていた時にも同じ事をした者がいた。

店長から売り上げが悪いと、再三にわたって注意され、それなら辞めますと言ってやめた20代後半のパート販売員がいて、彼もまた頭を下げてパートでまた雇ってもらっていた。
その彼も、ハローワークで仕事を探して応募したが、なかなか決まらず半年が過ぎて、店長に詫びを入れて戻ってこれたとの事だった。

パートだから戻れたのだ、社員では無理だったと思う。

また話がそれたが、伯爵は心を改めて私生活でも自炊をしたりするようにもなった。
話の中で、お客の女の子からも「昔の栄光なんて忘れなさいとか、プライドなんか捨てなさい」などとアドバイスもされていて、伯爵は、まだホストとしてはいけるのかなと思った。

何も期待されていなければ、アドバイスなんかされないからだ。

そんな伯爵を見ていて、次は出世していてほしいなと思ってしまった。
一度、解雇され世間の厳しさを知ったならもう半端な気持ちでは、やっていけないとわかったはず。
何とか昔の様にトップになってもらいたい。

続編を期待したいと思った。
久しぶりに、ザ ノンフィクションを見たが、最近の放送は見なくなっていた。
最近は、面白くない。

昔は、「ガード下 酔いどれ人生」とか「タクシードライバー」とか他にも面白い内容の物が多かったが、最近はなくなってしまったような気がする。
同じ事が、ドキュメント 72時間 でも感じるのだが、どうなのだろうか?

私としては、今を生きる中年非正規などのドキュメンタリーも見てみたいと思う。
同じ世代が、どのような生活をしているのかも知りたいと思っているからだ。

是非、期待しよう。




☆彡    

なんで山を登っているんですか?

さすがにいくら何でも、エアガンショップへは行かなかった。
少し興味を持った程度で、34800円なんて出せっこない。
もったいなさすぎる。
それよりも今は、貯金が第一だ!

そういう事で今日もおなじみの山へ行ってきた。
朝の冷え込みが最近凄いので、なかなか出かけるのも大変だ。

それでも8時過ぎには、ジャンパーや手袋で十分に防寒対策をして出かけた。
さすがにこんなに寒ければだれも山なんかには来ないだろうな!と思っていたのだが、
数人の人とすれ違った。

それも、これから登ろうとしているのに、もう下ってきていた。
いったい何時に登っているのだろうか?
今下ってくるという事は、遅くとも6時ごろから登っていたことになる。

恐るべき、登山者だ!

まあ人の事はさておき、ゆっくりと登っているといろいろと頭をよぎる。
もうこの山へは何回登ったことだろうか?
だいたい毎週登っているので、最近飽き始めてきた。

かといって他の山へ行くのも面倒だ。
他の山だって、登っている間の道はどこもあまり変わらないような気がする。

頂上からの景色が違うだけだ。
それがいいから登っているのだが、段々と飽きてきた。

続けているのは、体力づくりのためがあるから登っているのだ。
だから、何か他にそれに代わるものが見つかればすぐにそっちに変えてしまいそうだ。

最近では、なんでこんなところを毎週毎週、登っているのかと疑問すら感じてきてしまった。
もう十年も同じ事をしている。まあ、その間は行ける範囲で、方々の山へ登った。

登り始めだったのもあって、面白くなり丹沢山系から道志や山中湖周辺を登り。
次に中央本線沿いの山を登った。高尾から笹子あたりまでの山を登った。
そして奥多摩周辺の山も行った。

だいたいここ十年、週末には登っていた。
だが、さすがに飽き始めた。
登り始めの頃、中央本線の猿橋駅から百蔵山、扇山、権現山へと登った時に、
頂上で50歳代の登山家と言っていい方に会った。

その人は国内の山はもちろんヒマラヤやアルプスなど海外でも有名な山を登ってこられた方だったが、権現山の頂上で私に、「もう山は飽きたな!どこの山も変わんないね!」と言った。

それを聞いた時、私は「ハア ...」としか答えられなかった。
山への興味が出始めの時だったので、そんなものなのかぐらいで聞いていた。

だが、十年登っていてやっとこ最近分かってきたようだ。

山を登っていても面白くない!


それを言ってはおしまいだが、そう感じてきてしまった事は事実だ。
仕方がない。
かと言え、他に興味がわくものもないから続けるしかないだろうと思っている。

これからは、また興味がわくものを探していきたい。
絶対あるはずだ。山だってはじめは一ミリも興味がなかったが、始めて見たらハマってしまったのだから。

今日はそんな事を考えながら登ってきた。

☆彡