初給料をもらいました!

スポンサーリンク


12月1日から働き始めて、最初の給料日を迎えた。
何とかここまでは、順調にいっている。
職場もそんなに嫌な環境でもないし、仕事も単純作業だから楽だ。

最近では、少し慣れてきたので退屈に感じるようにもなった。
贅沢な悩みだと思う。
今までの職場と比べても、一番いい職場だと思う。

ただし給料は少ないが。
そして今日初めての給料をもらってきた。
一日から二十日までの分。

    59,800円 だ!

交通費の3000円と1時間の残業代がプラスされていた。
久しぶりにもらう給料、待ちに待った給料、素直にうれしかった。
少なくてもいい。
とにかくうれしい!

早速帰り道の途中にある郵便局で残高を確認した。
確かに入っていた。
貯金を少しだが増やすことができた。

お祝いに缶酎ハイでも買って帰ろうかどうしようか?と迷っていたが、そんな事ではいけないと思い気を引き締めた。
しかし、牛乳を買ってくるように言われていたことを思い出し、スーパーへ寄ってしまったのがいけなかった。

スーパーでは飲み物コーナーは一か所に集中している。
私が良く行くスーパーは牛乳が売っている真後ろに酒のコーナーがあるのだ。

私は酒コーナーに目を向けないように、牛乳を2本だけ取りレジへ向かった。
よし!クリアだ!
酒の誘惑を何とか断ち切った!と思った。
が、なんと、レジ前に缶酎ハイの「ほろよい」が特売としてたくさん積まれていた。

価格も、なんと88円(税別)
安い、安すぎる!
買わなくては損だ!と思ってしまった。

しかし、我慢だ!このレジ前さえクリアできればすべてが上手くいくはず。
良しと気合を入れてレジへ向かった。今なら誰もいない、レジ前の缶酎ハイにも目をくれずに、レジ台へかごをのせることができる。
そうすれば、もう支払いだけで、その場を立ち去ることができる。

そう思い速足でレジへ向かった。
しかし、そこへ知らないおばちゃんが私の前に割り込んできた。
(注、 知っているおばちゃんなどはいないが)

しまった。これは競馬でいえば”まくり”というやつか。
そんな事はどうでもよいが、とにかくそのおばちゃんを待つことになってしまった。

そして、車で帰宅した。
私は今、ほろ酔いだ。
そう、おばちゃんを待っている間に缶酎ハイ「ほろよい ぶどうサワー」350ミリリットル缶をかごに入れてしまっていた。

いいじゃないか。今日は目出たいのだから。
そう思い2本目を飲もうかどうか迷っている。

そう、1本ではなく2本買ってしまったのだ!

スポンサーリンク

生活保護以下の生活 続きと新年を迎える心構え

スポンサーリンク




先ほどの記事の続きだが、上の画像はいつも家にいる時にはいているズボン。
ご覧の通り、両ひざの部分に継ぎを当てている。

このズボンも15年前に買った。確か880円(税別)。
夏でも冬でも穿いている。

今年の夏に山を下っている途中、ひざを曲げた時に両ひざの部分が裂けてしまった。
その時は、かなりがっかりした。
長年愛用していたズボンだったので、情が移ってしまったようだ。

捨てようかとも考えたが、そう簡単には捨てることができなかった。
母親に頼んで継ぎを当ててもらった。
母親は、いつもやっているのでお手のものだ。
喜んで引き受けてくれた。

先日は服の画像をのせたが、その服もひじの部分に継ぎを当てた。
私はいつもこんな感じで服やズボンを長く持っている。

だが貯金には、縁がない。
20代の頃は、景気が良くて仕事帰りに先輩や同僚から誘われて、よく飲み歩いてしまったため給料のほとんどを酒代や食事代に使っていた。
飲みに行けば、はじめは居酒屋そして次はスナックやバーなどにも出入りしていたため、一日で3万円使う日も多かった。
酔いが回ると気も大きくなってしまい、気が付けば財布が空っぽになっていた。

30代に入り飲みにはあまり行かなくなったものの、スーツや革靴、カバン、時計と仕事上で使う物にはお金をかけていた。
だが、月に10万は必ず貯金はしていたし、ボーナスだって全額貯金をしていたから、そこそこ貯まっていた。

しかし、40代に始めた株でその貯金のほとんどを失ってしまい今に至る。

株で大損 の続きを書こうとしていたが、調べれば調べるほど自分の犯してしまったミスに耐えられず書く気を失ってしまった
大雑把に言うと、株での損失が一千万円近くになっていた。

30代で一生懸命貯金した分だったのにと、かなり落ち込んだ。

全て自分がしたことだし、もっと儲けようとしてやったことなので仕方がない。
それに株をやっていた当時は、次の日が来ることにワクワクしたり、ドキドキしたりと楽しんだことも間違いない。
全てが悪い事ではなかったはずだ。

もちろん結果的には、やらなかった方が良かったが、経験としてみればやって良かったのかもとも思う。
負け惜しみではない。時間が経っているからそう思うのだろう。

何も知らず何もやらずに過ごすよりは、何かに挑戦したほうがいい。
しかし、必ずリスクが伴う物の場合は、限度をわきまえてするという事が肝心だ。

これからも私は、何かに挑戦することを考えている。
リスクを伴うものではない、ゼロからできるものでリスクがないものだ。
そういうものだってある。
これからは、そういう物に挑戦してやる!

もう博打はやらない。挑戦、これが来年の目標となった!


スポンサーリンク

生活保護以下の生活をしています

スポンサーリンク




真冬になるといつも家にいるときは、このダウンを着ている。
もうかれこれ15年は着ていると思う。

これも貰い物というか、営業マン時代の景品だ。
ハイリキと言う当時は一番人気があった缶酎ハイの販売促進キャンペーンでもらった。
かなり頑張って販売した記憶がある。
確か350と500ml缶をケース販売で、200ケースは売りそしてこのダウンをもらった。

そしてもう一つ真冬に欠かせないのが、これ
IMG_1381_convert_20171224110514.jpg

ふわふわスリッパ、これが意外と暖かい。
近くのホームセンターで、300円で買ってきた。
これも10年は使っている。

なぜ家の中で、ダウンやスリッパを履いているのかと言うと、暖房器具を使っていないからだ。

もちろん節電や灯油の節約のためである。
うちでは両親も同じようにしている。
それで電気代も月に3000円ぐらいで抑えている。
ガス代も月に3000円ぐらいだし、灯油代だって18リットルだから2000円はいかない。
水道代は2か月に一回4000円だから月2000円だ。
食費は、月平均30000円。
通信費 ネット通信費2000円、携帯代2台で1000円もちろんガラケー、固定電話1500円
      合計 4500円
NHK受信料 2500円
病院代  3000円(両親)

だいたい月平均の支出は 50,000円。

遊びにも行かないし、外食もしない、服も買わない。
私の医療費は障害者なのでかからない。
ガソリン代は月2000円の利用券で足りる。

これで家族3人で暮らしているのだ。

しかし、生活保護費で生活している人は、うちよりもはるかにいい生活をしているようだ。
前に生活保護費が少ないと新聞に載っていた人は、一人暮らしなのに食費が5万円もかけていて、娯楽費が2万円、光熱費も4万円も使っていた。

これには驚いた。一人暮らしで食費が5万円なんてと!私たち家族は3人で3万円なのに。
それに娯楽費に2万円なんて、うちではとてもじゃないが娯楽費なんて出ない。
それでも少ないと言っていた。少し節約したほうがいいと思うが、どうなのだろう?
これが普通なのかな。

私の家族は、ずっとこのような生活をしてきたからこれがスタンダードとなってしまっている。
でも一度贅沢を覚えたら、元には戻れなくなってしまうから、これからも生活保護以下の生活が続いていくのだと思う。

今は、これでも何とか生活できているからいいが、この先どうなってしまうか不安だ。
何事もない事を祈るだけしかない。

両親の年金も頼りない。
国民年金の未納を長年してしまっていたから仕方ないが。

私も頑張って働かなければ家族ともども未来が無くなってしまう。
改めて、気持ちを引き締めた。





スポンサーリンク

つまらない土曜日のスケジュール

スポンサーリンク


クリスマスを控えての土曜日。
リア充の人たちは、それぞれ楽しい週末なんだろうなと思う。

私には、何も予定がない。
去年も一昨年も、その前もずっとだ。

今日は何をしようかと迷ってしまった。
たまには都会へでも出て興味のある店など回ろうかと思ったが、
クリスマスイブ前なので、うかつに町などへ出かけてしまうとえらい目にあう。

町はどこもかしこも、恋人たちの聖地となっているはずだから、一人みすぼらしい中年男は、そんなところを歩いてはいけない。
危なかった。
なんてことを、とんでもない日に考えてしまったかと自分を戒めた。

それでもせっかくのいい天気なので、散歩へ出かけた。
いつもの林道コースを一時間。
朝9時頃だったので、まだ寒く人には会わないだろうと思っていたが、
とんでもなかった。

土曜日なので、地元の70歳近くのおじさん軍団が3組ほど、威勢よく歩いていて静かな散歩どころではなかった。
仕方なく一時間で散歩を切り上げ、家に戻って掃除をした。

そしてお昼になり、有吉さんぽを見てから今度は、破けていた障子を張り替えた。
初めてやったが、それほど難しくはなかった。
障子紙をはがして、温めのお湯につけたスポンジで、張り付いている障子紙のかすをきれいに取り除き、買ってきたのりを薄くつけて引き延ばし、新しい障子紙をその上にかぶせる。
そして定規を使って、カッターで切って終わり。
20分もかからなかった。
意外に簡単にできた。

2時を回った頃、また何もすることがなかったので、久米宏さんのラジオでも聞こうと思ったがあまり内容が、面白そうでなかったのでやめて動画を探して見ていた。
そして3時、お茶でも飲もうと思ったが、お湯が沸いていなかったので水で我慢した。

お菓子は梅味の柿ピー。6パック入りで165円(税別)だった。安かった。
そして今は5時、ブログを書いている。

夕飯が6時ごろだと思う。
それが終われば、テレビでも見ようかな。

今日はビートたけしの超常現象スペシャルがある。
いや待てよ。
出川哲朗の充電させてもらませんか もあるな、どっちにしようか迷っている。

どうせ、あっちを見たりこっちを見たりするだろうから、どっちだっていい。
そして10時半ごろには、眠くなって寝てしまうのかな?

これが、暇な中年独身低賃金パートのクリスマス前の一日です。

若い皆さんは、こんなつまらない中年には、ならないようにしてください。
私は、この先どうなってしまうのかと不安がいっぱいです。
でも何をしていいかも分からないのです。

たぶん、死ぬまでこんな生活をしていくんだろうと思います。
自分で選んだ人生だから、仕方ないな!
少しでも希望を探そう!
サンタさんが、希望をプレゼントしてくれればいいのにな。

では、良いクリスマスを!

スポンサーリンク

殺伐とした雰囲気の職場は好きですか?

スポンサーリンク


働き始めて早くも3週間が過ぎようとしている。
職場の雰囲気も分かってきた。

私の他は、女性パートが3人と同じ50代のおじさんパートが一人だ。
おじさんパートとは、たまにだが話をしているが、他の女性パートさんとは全然と言っていいほど話をしない。

みんなそれぞれ作業机があり、微妙な距離で離されている。
これには無駄話をさせたくないと言う意図があることが、誰が見ても分かる。

しかし、机がくっついていたとしても、無駄話をするほどみんな和気あいあいと仕事をしているわけではないので、大丈夫な気がする。
なんか殺伐としている。
朝出勤しても、みんな挨拶もせずに部屋に入って、マスクをして作業を始めるのだ。

女性パートさんたちとは、はじめは挨拶したのだが、段々としなくなっていった。
それでも目があえば「どうも」ぐらいに頭を少し下げる程度だ。
その目もみんな死んでいるような目だ。

仕事中なにかミスでもあれば、一番年上の60代の女性パートがミスを犯した者をしつこく責めてきたりもたまにだがある。
それだから、みな年上のパートに何か言われるのも嫌だから、ミスのないようにしているようだ。
それで職場が殺伐としている。

ミスをしたところで、すぐにやり直せばそれで済むのだが、何故か誰かを責めようと待ち構えている雰囲気があるのだ。
私も一度やられたが、今までそんな事は山ほど経験しているので、私には生ぬるく感じたので、怒りも感じなかった。

前の職場にも、このようなおばさんパートがいた。
だいたい家庭に問題を抱えている人が多い。
何かしら不満があるのだ。
ほとんどが経済的な問題なのだが。

それでなければ、こんな安い時給で一日中働いてなどいないはずだ。
私だって、貯蓄が少なく将来に不安を感じたので、働いているのだ。
だが私なんて、その女性パートさんたちに比べればまだ生ぬるい方だ。

彼女たちは、みな家庭をもっている。
生活を自ら築いているのだ。
責任を背負っているのだ。

だから職場ではなるべくストレスを受けないように、上手くやっているようだ。
それでなるべく人間関係を悪くさせないように、無駄口を慎んでいるようにも感じる。

それでいいと思う。確かに職場は殺伐としているが、嫌な感じはしない。
むしろその方が望ましい。
仕事だけすまして、とっとと帰りたいからだ。

そういえば、この時期必ず出てくる忘年会などもない。
ない方がいい。
前の職場では、最低賃金のパートで働いているのに、社員と一緒に忘年会に出ないといけないような雰囲気があって、とても嫌だった。

中にはそれをうまく断る理由を考えている奴もいて驚いた。
そいつは働き始めた頃から、周りに「酒がダメで、酒の臭いだけでも気持ちが悪くなる」と言いふらしていた。
そのためそいつだけには、宴会などの誘いがなく、上手く切り抜けやがった。

歳は34歳の奴で同じパート、その時42歳の私はそいつのその様な上手い切り抜け方に驚いた。
そいつとは同期のパートだったので、良く仕事帰りに一緒に帰っていたから、実は酒は飲めるが誘われるのが嫌だからそういう風な事を思いついたと言っていた。
世の中には、そういう凄い奴もいるんだなと驚かされた。
だが、そいつはあまり接客業が好きでなかったようで、直ぐに辞めていった。

私も次の職場では、同じ事をしてみようと思っていたが、どうやらそんな事をしなくても良さそうだ。
良かった!

スポンサーリンク

パイプベッドを30数年使うとこうなる

スポンサーリンク

年末も近づいてきたので、掃除でもしようと日頃はまったくしていないベッドの下をしてみた。
ベッドは畳にじかに置いてあったので、畳の部分が汚れていた。

そこはベッドの真ん中の足が置いてあった場所。
そしてベッドはもう30年を超えて使っているものだ。

たしか二十歳の時、蒲田のディスカウント店で9800円で買ったはず。
はじめてのアパート暮らしで、最初に買ったものだ。

それから実家に戻っても、使い続けた。
そしてこうなった。


画像ではわかりづらいが、ベッドの底の部分のべニヤが割れていた。
安いベッドだったので、底がペラペラのベニヤ板である。

買った当初は、しっかりとしていて硬かったが、30年を超えて使っていたのでフニャフニャになってしまったようだ。
だから、その上に足を置いて体重などかけてしまうと割れてしまう。

マットレスをひいてその上に布団をのせれば何とかなっている状態だ。
そのベッドの上の部分も穴が開いていた。

IMG_1374_convert_20171221151732.jpg

やはり安物を感じさせるような作りである。
ベニヤ板の上に薄いスポンジがひいてあって、それを薄い布で覆っているだけだった。

その布が破れて中のスポンジが見えてしまっていた。

もう換え時なのかもしれない。

だが30年を超えて使っているので、なかなか寝心地がいいし
換えるのがもったいなく思ってしまう。

それにまたお金をかけたくない。
今回は保留にしようと思う。

また、本当にダメになった時に考えることにする。

しかし、いくら安物だと言っても30年使えるベッドなんてすごいと思う。
それに飽きもせず、もっといいベッドへ買い換えようとも思わなかった自分もすごいと言っていいのだろうか?

いや、ずぼらと言うか無関心すぎるのかなとも思う。
布団だって同じ年数、使っているはずだ。

カバーだけは換えたり洗ったりしてはいるが。
今はもっと触り心地もよくて暖かく軽い布団もあるはずだ。
来年は、そういった物を買い換えようかなとも思った。

まずは、そのためには稼がなければいけないな。

スポンサーリンク

明日はあったのだろうか?

スポンサーリンク


夕食を食べた後、することもなかったので YOU TUBE を見ていたら偶然、2001年の頃のCM集にたどり着いた。
その中で缶コーヒーのジョージアのCMに懐かしさを感じた。

そのCMは吉本興業の芸人が出ていて、バックの曲が「明日があるさ」だった。
よくそのCMは流されていたので、いやでも耳に残った。

実際、世の中は不景気で仕事をしていても辛い事ばかりが続いていた頃だ。
酒問屋の営業マンをやっていた時で、価格破壊や規制緩和でそこらじゅうで酒の安売りが始まった時だった。

昔ながらの街の酒屋が次々と閉店して、売掛金の回収が大変だった。
きれいに支払いを終えてから閉店してくれればいいのだが、3割がたが自己破産して回収に行けば、もうそこからどこかへ逃げて行った後だった。

それでも、時々聞こえてくるCMの「明日があるさ」を信じて頑張っていた。

「開けない夜はない」
「やまない雨はない」
「苦労の後には楽がある」

など世間や自己啓発本などで言われている言葉を信じて頑張ったが、力尽きた。

そこで私は思った。
この世には、
「開けない夜もある」、「やまない雨もある」、「苦労の後にまた一苦労」
という場合もあるのだと。

そしてその後、回収できなかった分が会社の損失となっていき、共倒れすることになってしまった。

「明日があるさ」と思う事はいいことだが、すべての人に「明日がある」訳ではない。
みんな頑張っている。
しかし、その苦労が報われないことだってある。

私は「明日がなかった」ことに気が付いたが、時すでに遅かった。
もう少し早く「明日がない」ことに気づいていれば、対処することだってできたはずだ。
後の祭りだから、詳しい事は書かない。

それは分かってはいたが、自分だけそうすることができなかったので、会社に残ってしまい明日を失くした。
そして結局みんな一緒に廃業を迎えることになった。

私は、それでよかったと今でも思っている。

みんな一緒なら「明日が来なく」ともいいのではないかと。
自分だけ抜け駆けしても後味が悪い。

あれから10年だが、私にはまだ「明日が来ていない」ようだ。
別にいい。

今は、明日よりもっと先の未来を見ているので。

スポンサーリンク

カレンダーもらえましたか?

スポンサーリンク


仕事の帰りにまた歯医者へ寄った。
予約が13時30分だったので、急いで行ってきた。
先週、歯が削れてしまった部分を白い物で埋めてもらい、そのチェックのため行ってきた。
行ったらすぐ見てくれ5分で終わった。

しかし、またもう一回見たいという事で、来年1月19日に最後のチェックをするとの事だ。
何をそんなに見たいのか分からないが、医者に任せるしかない。

そして帰りに歯医者の先生からリステリンをもらった。
試供品とのことでみんなに配っているそうだ。

私はそういったものは使わないので、いらなかったが口には出せず、そのままもらってきた。
本当は来年のカレンダーのほうが欲しかった。
だがその医院では作っていないのでもらえない。

カレンダーがない!
新年がもうすぐなのに、郵便局でも行きつけのガソリンスタンドでももらえない。
どこへ行ってももらえない。

去年も一昨年もそうだった。
最近はどこも自分の店のカレンダーをつくらなくなったことが原因らしい。

経費削減なのだろう。
ニュースでは景気がバブルを超えたなどと言っているが、これが実態なんだと思った。

どうすれば、どこへ行けば貰えるのだろうか?
昨年はたまたまJAへ用があり行ったところ、くれたのだったが今年は何も行く用がない。
わざわざもらいに行きたくはない。

しかし買うのはためらう。
昔から貰うものという意識があるから、買うのがもったいない気がする。

でもやっぱりほしいな。
買うしかないか。
明日でも、売っている店を探して買ってこよう。

前に働いていた問屋では、今の時期になればキリンやサントリー、アサヒ、サッポロそして焼酎メーカーやら日本酒メーカーからもらったカレンダーが有り余るほど会社にあったから好きなカレンダーを好きなだけもらってきた。
しまいには余ってしまい、数十枚のカレンダーをよく捨てていた。

あの頃は、まだ景気が今より良かったのだ。
それからは、段々とカレンダーを作る会社が減っていき、しまいには各お得意先に配る分を確保するのが難しくなっていった。
そしてカレンダーの心配がなくなったと同時に、会社もなくなってしまった。
残念!

時代の流れは残酷だ!
これからも、なお一層厳しくなりそうだ。
鬱。


スポンサーリンク

誰に髪の毛を切ってもらったの?

スポンサーリンク


髪の毛が伸びてきたので、切ってもらった。
床屋さんではない。

我が家では小学生の頃から母親が、髪の毛を切ってくれる。
それが今もづっと続いている。

その頃は、床屋で当時3000円取られるのが、もったいなくてうちで
切るようになった。
母親にやってもらったところ、なかなか上手に切ってくれた。
そして今まで続いているのだ。

しかし、高校生からは反抗期やしゃれっ気も出てきたため、それにアルバイトもするようになって金回りが良くなったので、床屋へ行くようになった。
社会人になってからは、一時アパート暮らしをしていたので、床屋へ行っていたが30を過ぎた頃、実家暮らしになっていたので、また母親に頼んで切ってもらうようになった。
母親は親父の髪の毛はずっと切っていたから腕は鈍っていなかった。

30代は営業マンで外回りをしていたので、行った得意先で髪の毛を切った次の日には、タモリのセリフではないが「髪切った?」とよく言われた。
そして必ず「誰に切ってもらったの?」とも聞かれた。

聞いてきた人は、「彼女にでも切ってもらったんじゃないの」と必ず付け加えてきた。
しかし、母親だったので正直には言えなかったから、「床屋ですよ」といつもごまかしていた。

母親に切ってもらったなんて言えない。恥ずかしいからだ。マザコンだなんて言われそうだし。
ずっと、30代から今まで聞いてきた人には、嘘をついてきた。

しかし、50を過ぎた今は恥ずかしくもなくなった。
聞いてくれる人もいなくなったが、聞いてきたら正直に話すつもりだ。
83歳の母親に切ってもらっていると言ったらどう思うのだろうか?

きっと母親の方を褒めるに違いない。私だってそうだ。
切ってもらえる人は、ただ座っているだけなのだから。

このままいつまでも切ってくれるといいのだが、歳も歳だし心配である。
今の調子なら、まだまだ大丈夫そうなのでこれからもやってもらうつもりでいる。しかし、私の方が危なそうだ。

それと昨日の話の続きになるが、いつもお昼にいる車のおじさんなのだが、今日はいなかった。
何時もいると言うより週に3~4日だから時々と言った方がいいかもしれない。
きっと私の思い違いではないかと思う。

自分がしていたから人も同じ事をしているんだと思ってしまったのかもしれない。
まあ、人は人だ。他人にかまっていられるほど自分の生活が充実しているわけではないので、今は自分の事だけを考えて生きて行かなければならない。

仕事の方も相変わらず、職場では仕事以外の世間話などできる環境ではないので、ただ黙っての仕事が続いている。
パートの女性同士は、たまにおしゃべりなどするが主任から注意をされるとすぐに仕事に戻るといった調子だ。
私が思うには、職場の者どうしでの接触をなるべく、させないようにしているのではないかと思っている。

職場の者どうしで話せば、必ず時給の話が出てくる。そしてあそこの仕事の方が時給が高いとか話題が上がり、やる気が無くなる者や転職していってしまう者も出てしまうからだ。それに何より働いている間は、サボらせないようにして仕事をみっちりやらせたいのはどこの会社も同じはずだ。
生産性だ効率化だ!と働いているものを追い込むように仕向けるのが今の時代だから。

こっちだっていつまでも安い時給で働きたくはない。
暇があれば無料の求人誌を見ている。
しかし、相変わらずだ。出るのはため息ばかりだ。

スポンサーリンク

大丈夫なのかと心配になった

スポンサーリンク


いつもお昼を食べに寄る公園でのこと。
その公園は、そんなに大きい公園ではないが、駐車場だけがやたら大きい。

30台ぐらいは停められそうだ。
その駐車場に、いつも停まっている車がある。
お昼を食べに寄ると必ず停まっているのだ。

はじめはその車の人もお昼を食べに来たんだと思っていたが、どうも様子がおかしい。

出勤途中にその公園の駐車場が道路から見えるので、今朝の出勤の時も何気なくそっちを向くと、同じ車があった。
時間は7時半過ぎだった。

その人は出勤時にも公園の駐車場に寄っているのかと思ったが、どうも違うようだ。
なぜそう思ったかは、何回か朝に、その駐車場に停まっているのを見たこともあるし、
今日は、朝と同じ場所にお昼も停まっていた。そういう事が何回かあった。

今日は月曜日なので駐車場はいっぱいだったはず。それだから、もしその人が後から来たら同じ場所へ停めるのは難しいはずだ。
まあ偶然同じ場所が空いていることだってあるが、確率は低い。

それに自分がいつもその公園による時間は、昼の1時半ごろだから駐車場もすいているし、お昼を食べに来た人は、とっくにそこにはいなくなっていた。
だがその人は、車のシートを倒して寝ているようだ。

昔、問屋の営業マンをしていた時もよく公園でお昼を食べてから少しシートを倒して昼寝をしたことがあるが、さすがに1時半過ぎまで寝ていたことはない。
そんなに車のシートを倒しても寝れないのだ。

今日は少し様子を見ようと長居した。
2時半ごろまで私もシートを倒して様子を見ながら寝ていた。
しかし、2時半を過ぎても、その車だけが動かなかった。中の様子を見たらその人は、新聞を読んでいた。

歳は同じぐらいに見えた。メガネをかけていてネクタイもしめていた。
サラリーマン風だ。
怪しい風には見えない、どこにでもいそうな感じの人だった。

ふと、もしかしてと思ってしまった。

エア出勤ではないかと!

私も昔やったことがあった。仕事をやめてしまった時、親にも話せなかったので、毎朝、おにぎりをもって出勤するふりをしていた。
その時も実家暮らしだったし、転職も2回目だったため辞めたとは言えなかった。
親から「お前は根性なしだ!だらしがない!」とか言われるのではないかと恐れていたから、言い出せなかった。
実際には、辞めたことを伝えても何も言われなかった。
むしろ「若いうちだから、納得のいく仕事を探せばいい」と励まされた。

そんな経験もあったので、もしかすると、その人も仕事を辞めたことを家族に言えなくて公園の駐車場に車を停めて夕方の帰宅時間までそこにいるのではないかと思った。
だいたい同じぐらいの年の人だから、家族を持っているはず。奥さんや子供もいるはずだ。
そうなると、私の比ではないはず。一家の大黒柱だから仕事をやめたなんて言い出せるわけがない。
もし自発的にやめたのではなくてリストラや倒産だとしても同じことだ。

これは私の想像なので事実は分からないが、そうであってほしくない。
エア出勤は非常に辛い!

私も3か月間、エア出勤をしたが、行くところがなくなるのだ。ハローワークには毎日のように通い、ホームセンターや家電量販店、デパートなどを渡り歩き、そして最後は、図書館にたどり着く。
そこには、やはり同じような境遇の人が何人か集まってきていた。
それを見ていると、やりきれなくなる。

そういう風な生活が長引くほど、死にたくなってしまう。
人によっては行方不明なんて事もありえるはず。

もし、その人が本当にエア出勤をしているのなら、早く仕事を探してもらいたいと思う。
同じ場所にとどまってしまうと、どうにでもよくなってしまうからだ。
公園の駐車場などは、何時でもいつまでも停めていられるからダメになる。
早くそこから脱出してもらいたい。

そう思った。
しかし、本当にエア出勤をしているかどうかも分からないので、しばらくは様子を見ることにしよう。
そうでないことを祈る。

自分の様に苦しむ姿は、見たくない。ましてこんな世の中では、非常に深刻さを感じるからだ。


スポンサーリンク

プロフィール

darakugumo

Author:darakugumo
会社が潰れて仕事を失い、ついでに株でお金も失い、そして大病を患い健康も失いました。
今は内職で何とか生きています。

リンク
リンクフリーです。
最新記事
スポンサーリンク
  
応援よろしくお願いします。
ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

人気ブログランキング
カテゴリ
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
QRコード
QR