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はじかれ人の呟き

無職、独身、友達ナシ、低学歴、貧乏、障害アリ。社会からはじかれた男のブログ。

2017年12月の記事

貯金 パート販売員時代編 追記

追記です。

月の支出が、飲み物やスニーカーやズボンの代金と書きましたが、
その他には週に一回だけ第3のビールやお菓子なども買いました。
その支出は月にだいたい2000円ほどなので、書くほどでもないと思いました。

それに年に一回ほど親睦会などがあり、欠席できる雰囲気ではなかったので
会費で5千円払っています。

信じられないかもしれませんが、外での外食や仕事の帰りに遊びに行くとか休みの日に何処かに旅行するなどといったことは、全くなかったのです。

その頃の休みの日は、もっぱら登山だけでしたので、丹沢山や塔ノ岳、高尾山から陣馬山といった車で行ける近くの山を登るだけの日々だったのです。
ですから、家からおにぎりと飲み物持参なのでお金は使いませんでした。

それから車のガソリン代ですが、2か月に一回だけ入れていましたがいつも1800円ぐらいでした。
車検は5年の間に2回あり、一回の車検代は軽自動車なので安くて8万円ぐらいでした。
それと毎年の自動車税も安くて7200円でした。

仕事帰りも親しい人もいなかったので、帰りに一杯などはありませんでしたし、家と職場の往復だけでした。

今考えてもそんなつまらない日々を、5年も続けてきたのかと驚いています。
しかし、そうでもしなければとても1年で1,200,000円以上の貯金などできないはずです。

時給950円で、総年収が2,300,000円(年間24万円の交通費込み)ですからね。手取りで年間1,400,000円ぐらいだったはずです。

修行僧のような生活を5年も続けたのでした。それだけ株で失った大金のショックが強かったのです。

いま改めて考えても、よくやったな!
と自分でも感心します。

しかし、せっかく順調にできていた貯金だったのに株での取引がうまくいかなかった年もあって減らしてしまう事もありました。
物事は思うように順調にはいきませんでした。

その辺の話は、株で大損で書いていこうと思います。

☆彡    

低所得でも貯金 パート販売員時代編

2007、2008年と株取引において数百万の損失を出してしまった。

それでもまだ、損失分を挽回できるのではという安易な発想のもと株取引は続けたが、気持ちは不安でいっぱいだった。

それなので働いて確実にもらえる給料をもらい貯金しようと考え、家電量販店で働いた。

2009年の2月から働き始めたが、時給950円では満足する給料にはならない。
その年の平均手取り額は15万円だった。

しかしその中には交通費が含まれているので、2万円の交通費を引くと13万円だった。

まずは10万円を貯金に回して残りの3万円で生活するようにした。

幸い実家暮らしなので、家賃や光熱費などはかからない。
かかるのは職場での昼飯代や飲み物代。
それに仕事で穿く靴やズボンだ。

靴やズボンは一度買えば1年ぐらいは持つはず昼飯代は家からおにぎりを持って行けばいいし、
飲み物代だって家からペットボトルに水でも入れて行けばそれで済む。

最初はそう思っていたのだが、家電量販店の販売員はそうは甘くはなかった。
前から穿いていたスニーカーは1か月で靴の外側に穴が開いたしズボンはひざや裾の部分が薄くなって破れたりもした。

それだけ動きが激しい仕事だった。
何と言っても売り場面積が広くて、店の端から端まで50メートルはあったと思う。

それに店員が少なすぎるため、耳に入れているイヤホンから休みなく、あっちへ行けだのこっちの客を相手しろだのと指示が飛んでくる。
そうすると走って向かわなければならない。
歩いていたら怒鳴られる。
その場に立っていることも休むこともできないのだ。

そうしているから靴やズボンの消耗が激しい。
勤めている間は3か月で靴は買い換えていたし、ズボンは半年ごとに買い換えた。
それらの消耗品代も会社から出してもらいたかったが、出してくれるような会社ではなかった。

それらの物はできるだけ出費を抑えた。
靴はスニーカーだったが、3千円以内だったし、ズボンだって1000円以下に抑えた。
なるべく安く済むようにホームセンターを見たりドンキホーテを見たりと、安いところを探して歩いた。

お昼代はかからなかったが、飲み物代はそういうわけにはいかなかった。
一日中走り回っているので喉が渇いた。
持って行った500ミリリットルのペットボトルの水はなくなり、会社の自販機で飲み物を買うしかなかった。
500ミリリットルのペットボトルのお茶などは一本130円したが、飲まずにはいられなかったので買った。
一日一本は買ってしまった。家から2本持って行こうかとも思ったが、重すぎるのでやめた。
駅から店までが遠くて、速足でも20分もかかるのだ。

結局、一月にかかってしまった費用は飲み物代で20日分、2600円だった。
そして仕事を始めた2月の末にスニーカーとズボンで4000円。
トータル 6,600円かかった。それでも30000円から引いてもまだ23,400円残ったので、それは貯金した。

そうやりながら毎年最低  1,200,000円は貯金できた。
実際には多い年で 1,400,000円以上貯金できた年もあった。

しかし大変な思いをしてできた貯金であったのは事実である。
欲しくてたまらない物を我慢したり、酒だって仕事から帰ったら飲みたかったが我慢した。

そうやって、何とか株での損失分を稼ごうと頑張りました。
つづく。

☆彡