勇気や希望をくれたヒーローたち

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先ほど書いた記事で、小学校時代を思い出して泣いてしまいました。
悲しい思い出はいつまでも心に残ってしまうので困ります。
久しぶりに涙が流れてしまいました。
年をとると涙もろくなってダメですね。

しかし、楽しい思い出もあります。
たとえプレゼントをもらったことがなくても、テレビから勇気や希望をもらっていました。

それは当時放送されていたロボットが活躍するドラマです。
例えばこれ
1

レッドバロンです。

このロボットのドラマも夢中になって見ていました。

突然いなくなってしまった彼女のことで、悲しくてやりきれない時に、
それを忘れようと始めは見ていたのですが、やがてそれらが自分に勇気と希望をくれるようになっていました。

その他にも「キカイダー」や「グレートマジンガー」「マッハGOGOGO」なども夢中になって見ていました。
それらを見ている間は、集中していて他からの声や音も聞こえず、よく注意されていました。
話しかけられても気が付かないほどでしたから。

でもやはり、一番のヒーローは「マジンガーZ]です。
それ以上のものは見当たりません。

それも彼女との思い出もあるからかもしれませんが。

4年前、家電量販店で働いていた時、帰りに駅ビルのおもちゃ売り場へ行ったときに、マジンガーZのフィギュアを見つけました。
思わず見とれてしまいました。
それは金属でできた物で、高さが10センチぐらいありました。

迷いました。
買おうか買うまいかと。
結局買わなかったのですが。
本当に迷いました。
子供の頃、欲しくて欲しくて仕方なかったものですから。

その時も、勤めていた家電量販店の仕事が嫌で嫌で辛かったものでしたから、そのマジンガーZを見た時にあの頃の様に、自分に勇気をくれるのではないかと思い迷ってしまったのです。

しかし悲しい事に、もうあの頃のような憧れが薄れてしまっていたのです。
あの頃、もし本当にプレゼントで「超合金マジンガーZ]をもらう事が出来ていたら、あの時、彼女のヒーローになれたのではないかなんて思ってしまいました。

いけません!また潤んできてしまった!

やっぱり、買わないで良かった。
辛い思い出は、忘れたほうがいいですね!

過去を思っても何もできませんからね。
これからの事を思って生きなければ!

あの孤独だった小学生時代、いろんなヒーローに助けられました。
大人となった今は、誰かのヒーローにならなければいけないのでは?と思っています。
そういう生き方ができればいいのですが。

もう「マジンガーZ」はいりません。
助けてもらう時は、過ぎたのですから。


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ジングルベルを聞くと胸が苦しい

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いつものように仕事帰りに公園でお昼ご飯を車の中で、
食べているとカーラジオからジングルベルが流れてきた。

この時期は必ず流れてくる。
私はジングルベルを聞くと寂しくて悲しくなるから聞きたくない。

そしてラジオの番組では、街の人にインタビューしていて、その質問を聞きさらに嫌な気分になった。
質問の内容は「子供の頃のクリスマスプレゼントは何をもらいましたか?」だった。

私にとってその質問は嫌がらせの様に聞こえた。
どうしてそう聞こえるのかというと、子供の頃に一度もプレゼントなどもらったことがないからだ。
誕生日はもちろん、クリスマスなどの行事があっても、親や祖父母からも何一つもらったことがない。

だから小学校の間、年末が来ると早くクリスマスが過ぎてくれるように祈っていた。
学校ではクリスマスの次の日に、プレゼント自慢が周りからよく聞こえてきて、それに耐えるのが嫌だったことを思い出す。

しかし、プレゼントをもらえない子は私だけではなかった。
30人のクラスの中には、私を含めて5人ぐらいはいたと思う。
賢い子は、もらっていないのにもらったようにふるまっている子もいた。
その子は、家の近所の子で私と同じような生活環境の子だったから、もちろん親からクリスマスプレゼントなどもらえず、クリスマスの次の日にある、プレゼント自慢が嫌で私と口裏合わせをしようと言ってきた。

もらっていないのにもらったという嘘をつこうと。
私は当時小学3年生だった。その子とは近所だったが、女の子なのであまり遊ばなかったので仲良しとも言えない間柄だった。

その子の提案に私も賛成した。
しかし、クラスメイトから「何をもらったの?」と聞かれた時はどうするのと聞くと、
その子は「今欲しい物を言えばいいのよ」と答えた。

私は、その頃欲しかった超合金マジンガーZにした。


そしてクリスマスの次の日、私とその子はその日を無事にやり過ごすことができた。
帰り道一緒に帰り、その日ついた嘘をお互いしゃべり、クラスメイトにうらやましがられたとその子は上機嫌だった。

しかし家が近づくにつれお互い口数も少なくなり、黙り込んでしまった。
現実の厳しさを子供がてら身に染みて分かっていたから、そうなったのだと思う。

それからは、その子とたまにだが遊ぶようにもなり一緒に帰る日も多くなった。
しかし周りから冷やかしもあったので、なるべく遠ざけるようにもなった。

そして翌年、またクリスマスが近づてきた頃、帰り道でその子とまた口裏合わせをしようと提案した。
しかし、その子の反応がよくない。
うつむいていて何か他の事を考えているように見えた。
私はどうしたのかとその子に聞いたが、返事は帰ってこなかった。
それなので、その日は黙って別れた。

そしてクリスマスの前日いわゆるクリスマスイブを迎えた。
その日は、朝から小雪が舞っていてクラスでは「ホワイトクリスマスだ!」と皆はしゃいでいた。
しかし私はそれどころではなかった。
早くあの子と口裏合わせの相談をしたかったのに、その日は休んでいたからだ。

帰りにあの子の家に行ってみようかとも思ったが、行ったこともなかったので行けなかった。
翌日のクリスマスの朝に一緒に登校して、口裏合わせの相談をしようと思いその日は帰った。

そしてクリスマスの朝を迎えた。
昨日から降った雪で、うっすらと道にも雪が積もっていた。
私は彼女と一緒に登校するために、家を早く出て道端で待っていたがなかなか彼女が現れない。
そうこうしているうちに、遅刻してしまいそうなので学校へ急いだ。
とうとう彼女は学校へは来なかった。

次の日の朝、学校で彼女の噂が聞こえてきた。
その話に耳を傾けると「あいつの家さ、親が借金して夜逃げしたみたいだぜ!」
と聞こえた。
私は愕然とした。ショックだった。
まして夜逃げなどという言葉に恐ろしささえ感じた。

彼女の家がそのような状態だったなんて、家が近所だったのにそんな話は親からも聞いたことがなかった。
せっかく、学校で唯一と言っていいほどの友達になれたのに!
自分と彼女の秘密を共有できる仲になれたのに!
本当にがっかりだった。

しかしそれ以上に、彼女の事が心配になった。
これから大丈夫なのかと。

そして、あの日の帰り道を思い出した。
彼女が黙ってうつむいていたあの日。
私がもう少し大人であったら、少しは彼女の悩みを聞いてあげることができたはず。

何もしてあげることはできないが、話ぐらいは聞いてあげればよかったと思う。
クリスマスの日、学校からの帰り道、私は彼女の家へ向かった。

その家は雨戸が閉まっていて、玄関前にはいらなくなった家具が出されていた。
その家具が家主がいなくなったことを物語っていた。

私は、トボトボとうっすら積もった雪を踏みしめながら帰った。

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プロフィール

山空

Author:山空
会社が潰れて仕事を失い、ついでに株でお金も失い、そして大病を患い健康も失いました。

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