FC2ブログ

はじかれ人の呟き

無職、独身、友達ナシ、低学歴、貧乏、障害アリ。社会からはじかれた男のブログ。

2018年10月の記事

お前みたいな奴は株なんてするな!

午後も株価がどんどん上がり続け、売らなかったら含み益が出ていた。

怒るのも疲れ果て、今はいかに自分が株に向いてないかを考えている。

まず第一に言えるのは、日々の株の上げ下げにいちいち怒ったり喜んでいるようではダメ。

どんなに下げようがどんと構えていなければいけない。

なにより一日中株の動きを見ているようではダメ。

それには十分な資産の中の一部で株投資をしていなければいけない。

自分はわずかな資産の半分近くを株に使っていた。

これでは株が下がれば平常心など保てない。

一日中、株の動きを見ていなければ心配だ。

どうしてもしたければ株を買った金は捨ててもいいという気でやらなければいけないと思う。

よって自分のような気の小さな貧乏人は株などに手を出してはいけない。

明日から11月だ。

まずは株禁することにしよう。


手術後から4年、調べたら百万円以上を株で溶かしていた。

まいった。

その間にやったアルバイトや内職の給料を全部失ったことになる。

つくづく自分が嫌になった。

改めて自分に言う 「お前みたいな奴は株なんかするな!」




☆彡    

株のせいで病院で注意された。クソ~

今病院から帰ってきた。

朝7時過ぎに家を出て8時から採血して9時に診察をしてもらった。

診察の前に病院のテレビでニュースがやっていて、その最後に日経平均株価を伝えていたのを見た。

また今日も上がってやがる!チクショー!

二日も続けて上がりやがった。

ここ最近では二日続けて上がるなんてなかったのに。

クソが!

かなり頭に来ていた時に診察になり血圧を測った。

上が147、下が98

「ちょっと高いですね。いつもこのぐらいですか?」と先生。

「いやいやいつもはもっと低いです。今日はたまたま高くなったんです。おかしいな」

「何かありましたか?」 と先生。

「別に何もありません」

何もないわけがない。「株を損切りした瞬間から二日続けて上がったんです。先生」なんて言えない。

家に着いて株価を見たらまたさらに上がっている。

昨日売らずに置いておけばプラスになっていた。

今、かなり頭に来ている。

クソ~~~





☆彡    

もうダメだ!株禁することに決めた

最後の40万円の資金が今日29万円になってしまった。

もうこれで信用取引はできない。

30万円を割ってしまったから。

株価は午後もさらに値を上げて売らずに持っていればマイナス3万円まで戻っていた。

そうすれば37万円の残高になっていた。

考えれば考えるほど悔しい。

もう何回目だろう。こんな事の繰り返しだ。

株で大喜びしたことなどほとんどない。

それなのにやってしまう。

株依存症か?ギャンブル依存症なのか?

心配になってきた。

とにかく株取引は今後やらないことに決めた。

株禁だ!

ほんとにこのままだと少ない資産を全部株で失くすことになりそうだ。

それだけはヤダ。

絶対今後一切証券口座へは入金なんかするものか!




☆彡    

持ち株爆死!買えば下がり売れば上がる。ふざけんな!

前場が始まり予想通り下げて始まった。

もうこれ以上は資産を減らしたくないと思い売った。

すっきりして見ていたら10時を回ったあたりからどんどんと値を上げていった。

持っていたらマイナスを半分も減らせたのに。

イライラし始め頭にきた。

なんで売れば上がるんだよ!

買えば下がるくせに。

自分の場合こういうケースが多い。

とことん運がない。


気分が悪い。




☆彡    

資産が溶けると脳みそも溶けるようだ

なんで朝あんなに上がっていたのに午後下げるんだ。

気持ちの良い月曜日だと喜んでいたのにまったく。

日経平均もマイナスで終わりやがった。

持ち株もマイナス分が減ったと喜んでいたのに、終わってみればさらに含み損が増えた。

マイナス10万円を超えた。

資金の四分の一が消えた。

なにが資産運用だ。十年もやっているのに増えたためしがない。

なんか詐欺にでもひっかかったような気分だ。

午前10時頃から下がり始めるにつれてだんだんと頭もぼんやりし始め、脳みそが溶けだしたかのようだった。

明日も下げるのだろうか?

もし下げたら売ってしまおうか?

迷っている。

株をやめればいいのだが、少しでも収入を得たいからやってしまう。

こんなことなら10年前に株になど手を出すんじゃなかったな。と今更ながら後悔する。

そうすれば資産も減らすこともなかったのに。

収入を得るためにパートや内職なんてしなくても良かったのに。

なんであの時、手を出してしまったのか。

あの頃は日経平均も順調に毎年上がっていて、株をやらない奴は馬鹿だなんて風潮があった。

「B.N.F」や「CIS」、「ウリ坊」なんて輩がよくテレビに出ていて数十万円の資金で初め1億円以上儲けたなんて話があった。

それらに刺激されて自分でもできるのではと思って始めた。

まったく今考えればアホだ。マスコミの餌食にされてしまったのだ。

そして大事な資産を1千万円以上失くしてしまった。

あれから十年、いまだに取り返すこともできない。

残り少ない資産なのに。

あ~、 今日も日が暮れていく。



☆彡    

少し長い距離を歩いてきた。

いつもなら車で行くところを、今日は歩いて行ってきた。

車なら10分ぐらいだが歩きでは30分かかる。

体の調子が良かったのでたまには歩こうと思った。

そしていつもの山を登った。

登山口から頂上まではゆっくり登って1時間ぐらいだ。

いつものように人は少なく下ってきた人が一人だけだった。

その人は40代ぐらいの男性で黙々と足元を見ながら下っていた。

すれ違いに私の方から挨拶したが返事はなかった。

たまにこういう人がいる。

挨拶を返してくれない人が。

前はよく頭に来ていたが最近はどうでもよくなった。これも年をとったという事なのか。丸くなったのかもしれない。

あの道を歩く人はあまり人と接したくない人が多いのかもしれない。

自分だって前は人がいるとがっかりしたものな。

頂上について5分ほど休みまた来た道を戻ったが、最後の歩きの30分がきつかった。

いつもなら車だったから

家に着いたのがお昼頃だったので、3時間半ぐらい歩いたことになる。

疲れた。

50代になると体力が落ちるとよく聞くが、私の場合病気のせいもあるのでどっちだかわからない。

しかし病気になる前の40代の前半は今日歩いた距離なんて全く疲れなかった気がする。

できればまたあの頃みたいに歩いてみたいな。




☆彡    

公園で出会いがあり少しだけ幸せを感じた

朝は雨だったので山へは行かず、久しぶりに少し遠くへ散歩へ行ってきた。

雨はやんだので1時間ほど歩き公園があったのでベンチに腰を掛けて休んだ。

しばらくして子供を自転車の後ろに乗せた30代ぐらいのお母さんがやってきて、滑り台の前に自転車をとめてスマホで誰かと話を始めた。

私のいるベンチから30メートルぐらいの距離で。

私はリックからペットボトルの水を出して飲み始めた。

すると何やら視線を感じたのでそちらを見た。

自転車の後ろに乗っている子供だ。じっとこっちを見ていた。

黄色い帽子をかぶり水色の服を着た女の子だった。たぶん幼稚園児だ。

飲み物に興味を引かれたらしく物欲しそうな視線を投げかけてきた。

すかさずペットボトルをリックにしまった。これでこっちへは興味を失くすはずだと思った。

うつむいていた顔を上げて確認すると、まだ見ていた。すぐに視線を下に向けた。

どうしよう。戸惑ってしまった。

しばらくほおっておけば私への興味を失くして他へ視線を移すに違いないと思ってしばらくじっとしていた。

これであの子もあきらめるだろう。「まったく子供ってやつはお構いなく視線を投げつけてくるからな。こっちだってどうしたらいいか戸惑ちゃうだろうが」と心の中で呟き、また子供を確認した。

「えっ!」 まだ見ていた。

「なんでっ?」そんなに無職独身中年男が気になるのか?それとも不審者のように見えるのだろうか?

仕方なくチラチラと子供の方を見ていたが、覚悟を決めて視線を子供から外さないように我慢した。こうなれば先に視線を外したほうが負けだと思い始め意地を張ってしまった。

私は勝手にその女の子とにらめっこを始めてしまった。

少し眉間にしわを寄せて恐い顔をしてみた。「どうだ、これが無職独身中年男の顔だぞ!恐いだろう。お嬢ちゃんもちゃんとママの言う事を聞いてちゃんとお勉強していい学校へ行っていい会社に就職するか、セレブの男を捕まえて結婚して財産を抑え、離婚しても財産だけは自分のものになるようにいい弁護士を雇わないと将来こんな大人になっちゃうぞ」というようにキッと睨んでみた。(注、ここのところだけはフィクションで後で考えたことです。)
 
ダメだった。まるで反応しなかった。

女の子は口をぽかんと開けて不思議な生き物を見るかのような目をしてまだこっちを見ていた。

「こりゃダメだ」と思い一度視線を外してもう一度女の子を見た。

「あれっ!なんか可愛いな」と思ってしまった。

まんまるの目や少し赤みを帯びた頬っぺたもぷにぷにしていて可愛かった。

自然に笑顔が湧いてしまって思わず小さく手を振ってしまった。

女の子は目をパチリとして驚いていたが、かまわずにやけた笑顔を送り続けた。

そのうちお母さんの電話も終わり女の子との時間も終わりを迎えた。

帰り際、去って行く女の子を見たら笑顔で手を振っていた。

えっ!て思ってしまった。まさか手を振るなんて。

振り返りながら女の子は小さな右手を振っていた。

嬉しくなってこっちも大きく手を振った。

可愛いかった。

僅かな時間だったが少しの間幸せを感じさせてくれた女の子。

いつの頃からだろう。小さな子供がかわいく感じるようになったのは。

きっと姪っ子に好かれるようになってからかもしれないな。

姪っ子は丁度あの子と同じぐらいの年の頃から私に良くなつき、いつも一緒に遊んでいた。

小さな手がとてもかわいくて、くりくりと良く動くきれいな瞳がかわいくて、私の膝の上で私がかまってあげないといつも頭をぐりぐりとあごに押し付けてきた。

その柔らかい髪の毛もまたかわいらしくてたまらなかったな。

でもたまに鼻くそを私に擦り付けてきたが。

その姪っ子も二十歳になり先日家に来た時私に向かって、今時の若者が良く使う語尾を上げる言い方で「終わってんじゃねぇ」と言っていた。

変わってしまった。あんなに可愛かったのにな。

残念だ。



お昼になったら快晴になり少し暑くなってきた。ベランダに洗濯物を干したらカメムシが飛んできた。調べたら白い物に寄ってくるそうだ。

それにしてもカメムシが多いな。

虫よけスプレーでも買ってくるかな。




☆彡    

親を病院へ送る無職独身中年息子

昨日は朝7時過ぎに車に両親を乗せて病院へ出かけた。

親父の受診日だった。

親父は2年前に肺炎になり脳梗塞にもなってしまった。

同時期にかかってしまい3週間ほど入院した。

幸い肺炎は良くなったのだが脳梗塞で右側頭部に梗塞が残ってしまった。

でも今まで通りと変わらず生活している。先生の話では言語や運動機能に関する場所に梗塞があるわけではないので前と変わらず生活できるそうだ。

まったく悪運が強い。10年前にも胃がんで胃を全摘して3か月も入院していたのに復活している。

こっちはおふくろと覚悟をしていたのに。

歳も87歳になるが畑仕事もよくやり家の階段も昔と変わらずにスイスイ上る。

「オレは13歳の頃から力仕事で食ってきたから、そこらのじじいとは違う」が口癖だ。

確かに体力はあるが字の読み書きが苦手だというよりほとんど書けない。ろくに学校に通っていないからしょうがないが。おふくろも同じで学校へは通わず家の手伝いや仕事ばかりしていたので字の読み書きが苦手だ。

みんなその頃は家にお金を入れるために学校へは行かず外へ仕事をしに行っていたそうだ。

字の読み書きは両親とも働きながら学んだみたいだ。

脳梗塞のリハビリで自分の名前や住所などを書かされた時に看護師さんから「もう少し練習すれば上手になりますよ」と言われているのを聞いた。

そっと覗いてみたが脳梗塞になる前とちっとも変わっていなかった。元々字が下手なのだから無理なのだ。

それなのに親父は「脳梗塞のせいだな。字が下手になっちまった」とずけずけと平気な顔をしてほらを吹いていた。

私は苦笑いをしながらそのやり取りを聞いていた。

診察も終わり薬を3か月分もらって帰ってきた。

帰り際におふくろが「お前が倒れたら病院へ来るのも大変になるね」と言われた。

「大丈夫だよ」とは答えていたが、それはこっちも心配している。

なにせ心臓弁を改造している身、いつ何があってもおかしくはない。

一応タクシーの手配などもできるように手順を書いておかなくてはと思った。

でもなるべく漢字は使わないようにして文章も短く分かりやすくしておかないとな。なんか大変。幼児へ説明するのと同じようだな。

親の心配もそうだが、先ずは自分の心配の方が先かもしれない。





☆彡    

資産崩壊の始まりか?

日経平均が大暴落して持ち株も被害を被ってしまった。

資金40万円で信用取引をして一銘柄だけを持っている。

今週やっとプラスになったと思ったら今日一日で3週間分の値上がり分が消えてなくなった。

これでは10年前と同じだ。

あの時も一度大暴落した時に株を買い、翌日から少しづつ上がっていて喜んでいたら一気にまた大暴落して大損を食らったのだ。

今回は資金が40万円だからまだいいが

と言ってもマイナス8万円だ。資金40万円でマイナス8万円はでかい。

やっぱり10月は恐ろしい。

10年ごとに大暴落するは当たっていた。

明日どうしよう。

もしまだ下がるようなら買い戻して様子見をした方がよさそうだ。

まったく資産形成どころじゃないな。

いつまでたっても儲ける事ができないようだ。

やっぱり仕事をしてお金を得たほうがいいのだが

でも仕事がないんだよな。

困ったものだ。

☆彡    

喜ばれる独身中年息子になれたかな

今日はお昼に母の髪の毛を切ってあげた。

美容室へは3か月ごとに行っていたが、お金もかかるし少し遠くなので自分に切ってくれと言ってきた。

前にも一度切ったこともあったので思い出しながら切った。

鏡で確認してもらいながら、指示通りに切ってあげたら上手だと褒められた。

かなり気に入ったようで大変喜んでくれた。

褒められ喜ばれると気分がいい。

84歳になった母の髪の毛は前より白くなり少しだけ薄くなっていた。

頭に手を添えるとその小ささにどきりとした。

こんな事ができるのも家にいるからだと思う。

親孝行も親が元気なうちに精一杯やるべきだなと思った。

うちでは母が自分と親父の髪の毛を切る。

今度からは自分が母の髪の毛を切る番が回ってきたようだ。

自分も役に立つ時が来たようだ。

少しうれしくてにやけてしまった。




☆彡