3.11 あの日なにをしていたか

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朝7時に起床。
8時にいつもの山へ出発。
静かな山の道をひたすら登った。

1時間で頂上到着。
少しだけ休む。水を飲み飴をなめながら来た道を戻った。

いつも帰りの下り道の時にいろいろな事が頭に浮かぶ。
今日は7年前の3月11日の事を思い出した。

あの時は家電量販店で働いていて、接客の最中だった。
平日の何曜日かは忘れたが、客が少なかったので絶えず店長から客を見つけたら、すぐに接客しろと耳へ無線が飛んできていてうるさかったことを思い出す。

その時は、80歳近くのおじいさんを接客していた。
照明コーナーで。

そして2時46分、地震を感じた。
初めはゆっくりな揺れだったが、直ぐに強い揺れになり、頭の上の照明が互いにぶつかりガラガラと音が段々激しさを増した。

私は尋常でないその揺れに驚き、恐ろしさを感じてきたので、近くの店員とそのおじいさんに声をかけて、外へ出るように促した。
しかし、店員もおじいさんもなんとも思わないようで、その場を動こうとせず、困った。

その後、無線で近くの非常口からお客を外へ出すように指示があり、店員はやっと動いた。
しかし、おじいさんは声をかけてもなかなか動けない。
仕方なく近くにあった台車におじいさんを乗せて、一番近い商品の入荷口から外へ連れ出した。

おじいさんは、ただ口をあんぐりと開けていて何も言葉が出なかった。
外へ出ると、すでに倉庫番が2人出ていて、休憩中だった店員も焦りながら外へ出てきた。

店の建物から離れるように指示して、地震がおさまるのを待ったが、なかなかおさまらず地面は横に揺れて、まるで波乗りをやっているようだった。
すかさず頭上は大丈夫かと思い、見上げたら大きな看板がポール上にあったので、そこからも離れるようにみんなに言った。

数分後、やっと地震がおさまり、そのおじいさんや他の客たちも急いで帰って行った。
しかし、その後も仕事は続き、お客がいなくなった店内で、倒れた物や壊れた物がないかを確認し、何も異常がないことが分かった。

そして、展示の大型テレビからツナミの映像が流れてきた。
ひどい状況に、その時いた店員は全員、テレビにくぎ付けだった。

帰りも電車が止まっていたので、近くのアパートで暮らしていた店員に泊めてもらった。
その店員は、かなりお金に困っていたので、5000円分の食料を買ってやるという事で、泊めてくれた。

翌朝も出勤だったが、電気がつかずオープンできなかったので、その日は特別に早く帰れた。
家の状態が心配だったが、震度もそれほどなく、何も変わりがなかったから良かった。

しかし、今も被災地では仮の住居で暮らす人が、かなりいて大変との事だ。
どうにかならないものか?

復興は進んでいるようだが、実際はどうなのだろう?
テレビやラジオ、ネットだけでは、本当の事が分からない。

今私にできる事は、少しでも復興のために募金に協力することしかできない。
そして、完全な復興を願うだけだ。
そんな事を思いながら、山から下りてきた。

そして、2時46分、黙とうをささげた。
被災によって亡くなられた方々へ。

このような災害が、2度と起きないことを願わずにはいられない。






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山空

Author:山空
会社が潰れて仕事を失い、ついでに株でお金も失い、そして大病を患い健康も失いました。

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