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はじかれ人の呟き

無職、独身、友達ナシ、低学歴、貧乏、障害アリ。社会からはじかれた男のブログ。

山空 半生の記 中学~専門学校編

東京近郊の田舎町で生まれた。
山に囲まれ川もいくつかある。
ちなみに東京駅までは電車で2時間はかかる。

小学校、中学校は地元。

中学では兄が陸上部の長距離をやっていたので強制的に入部させられ、3年間長距離をやっていた。その頃私は太っていたので痩せるために気軽に始めてしまった。走るのは嫌いなのに。それに心臓も悪かったはずで走っていてかなり苦しさを感じていたが、皆同じ苦しみを感じながら走っているのだと思い込んでいた。たまにあまりの苦しさで気を失ったことがあった。
今考えればよく死なずに済んだものだと思う。それで高校へ進学したら絶対に運動部へは入部しまいと決心した。

高校は学費の安い公立高校へ進学した。偏差値50ぐらい。高校に入ってからアルバイトを毎日していた。その時働いていたスーパーの時給は450円。
夏休みなどの長い休みの時は、遊園地などの時給の高いところでアルバイトをして稼いでいた。ちなみに休み期間中はずっと働いていた。遊園地の時給550円。
高校2年から卒業までは夜間のアルバイトをよくやった。
今考えるとあの頃高校生に夜間のアルバイトをさせてよかったのかと疑問を感じるが、私以外にもやっている者が何人かいたので、当時は当たり前となっていたような気がする。その頃やった仕事は清掃や警備やキャンプ場の準備などで時給は1000円だった。
特に良かったバイトは冬場のスケート場の整備のバイト。夜9時から翌朝6時までリンクに水をまき平らにならしていく作業で1時間~2時間ごとに作業を繰りかえす。これがとても寒くて辛かったが時給2000円もらえた。2年間、冬休みには毎日やっていた。
働いて得たお金は文房具や参考書、小説などに使ったが、ほとんどは貯金した。

高校3年になり進学か就職かで悩んだが、結局大学受験に失敗したので情報処理の専門学校へ進学した。これからはコンピューターの時代だと思ったので。入学金から卒業までは200万円以上かかったが、アルバイトで何とかなった。学校が遠くて通学費が6か月5万円もかかった。
高校を卒業してからは夜の仕事で稼いでいた。キャバレーやクラブのボーイとかで時給が2000円以上貰えるところがあったから助かった。
2年間でCOBOLやFORTRANなどの言語を学んだ。

就職活動はよくした。その頃はバブル期へ向かう時だったから景気が良く、会社訪問をするたびにお車代として3000円から5000円をもらえた。
その中で唯一受かったところがNECの子会社だった。他の大手の企業はどこも相手にされなかった。みな大卒のみの求人だったから仕方がない。受かった会社は専門学校との関係があったので、数人を毎年その専門学校からとっていたみたいだ。運よくその数人の中に入る事ができた。

次は、就職してからの事を書いてみたい。




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