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はじかれ人の呟き

社会からはじかれ、健康にも見放され、孤独を生きる。

カテゴリー "ノスタルジー" の記事

御馳走とクリスマスケーキ

小学生の頃から社会人になるまで、うちではクリスマスケーキは母親が24日の日に持って帰ってきた。

そのケーキは母親が働く工場で支給されたもので、ケーキの飾りには必ずその工場の会社名がチョコレートに書かれていた。

それが我が家では当たり前の光景となった。

ケーキは直径が15センチほどのホールで小学生の時はそれがとてもうれしく、兄と切り分けながら大きい方を取ることに命懸けとなっていた。

しかし工場で支給されるものだけあってあまりおいしくはなく、スポンジケーキの部分は穴だらけの安ものだった。

ただその周りのホイップクリームとチョコレートがとても甘くておいしかった。

切り分けたケーキを大事に食べて、3日ぐらいかけて少しづつ食べて楽しんだ。

24日の夜は母親は工場のクリスマス会を兼ねた忘年会で夜8時にならないと帰ってこず、その日の夕食はいつもうちではカップラーメンだった。

だがそれがとてもうれしかった。

普段はカップラーメンなど高いからという事で買ってもらえなかったから余計にうれしかった。

父親と兄と私でよくカップヌードルのしょうゆ味を食べた。

スープまで残らず飲み干してとてもおいしかった。

カップラーメンなんて今では惨めな生活の代表だが、我が家にとっては素晴らしい御馳走だった。

そんな生活が高校生まで続いた。

今日はクリスマスイブだが、母親は工場を退職してもう20年が過ぎ、もう工場のクリスマスケーキは食べられなくなってしまった。

退職してからは私がクリスマスケーキを買って帰っていた。

仕事の付き合い上仕方なく買わされたものだったが、そういう事でもなければ買って帰るなんてことはしなかったと思う。

無職になった今はもうその行事も無くなり4年になる。

今日は散歩の帰りに車でスーパーへ行き、小さなロールケーキを3つ買ってきた。

ヤマザキのいちごロールケーキで1つ98円だった。

たまにはうちでもクリスマス気分を味わいたくなった。

午後3時のおやつに食べようと思う。

やはりクリスマスも少しは楽しんだ方がいい。

ちっぽけな安いケーキでも食べれば気分も楽しくなるはずだ。

頭の中ではジョンレノンのハッピークリスマスが流れはじめた。

    








☆彡    

サンタクロースは長い黒髪をなびかせていた

高校を卒業して専門学校へ通い始めた頃、平日の夜は飲み屋でアルバイトをしていた。

そこはクラブと呼ばれていて接客に若い女性がつく店だった。

初めは慣れない飲み屋でのアルバイトが嫌で仕方がなかったが、時給が1200円もらえたので我慢した。

仕事はトイレ掃除に始まり店の掃除、そしてボーイをした。18時から23時までの5時間。23時に終われば最終電車に間に合った。

まずは見習いを1か月ほどして仕事を覚え、2か月目からは一人でこなしていった。

アルバイトを始めて半年ほどたった頃、一人の女の子が新しく入ってきた。

その子は見た目が若く幼さも残っていたが、目の奥に暗い影があるような感じの子だった。

無口なため客の評判があまり良くなかった。


年末が近づいたクリスマスイブの夜、事件が起きた。

いつものように各テーブルの灰皿の取り換えや空いたグラスの回収などをしていた時に、キャーという悲鳴と共にグラスが割れる音がした。

その方向へ視線を移すと、声の主はあの暗い目の女の子だった。

女の子は立ち上がっていて隣には派手な赤と黒のセーターを着た男が何やら騒ぎ立てていた。

どうやら男がその子の胸を触り、それを嫌がって女の子が客の手を払ってしまいグラスが落ちて割れてしまったようだ。

客はひざに水割りをこぼしてしまい、それを怒っていた。

私はすぐにそのテーブルまで行き、お客に謝りお客のズボンを拭いた。

そしたらいきなり突き飛ばされてしまった。

「汚ねえタオルで拭くんじゃねえ!ガキが!」と怒鳴られた。

その後店長が来てお客に謝り料金をただにするという事で許してもらった。

女の子は私のところに来て「大丈夫?ごめんなさい」と言って頭を下げた。

その時の目は暗さよりも悲しみに溢れていた。

「ああ、大丈夫」と言って彼女を安心させた。

彼女はその間ずっとうつむいたままだった。長い黒髪が揺れていた。

その姿を見て何か声をかけなければと思い。「大丈夫だから。何も心配いらないから」と彼女を励ました。


その翌日の夜、店の準備をしていた時に彼女が店にやってきて店長となにやら話をしていた。

その後彼女が私のところへ来て言った。「わたし、この店をやめるの。お世話になりました」と。

私はその時、驚きのあまり何も言葉が出なくて「そうなの」としか答えられなかった。

彼女は「昨日はありがとう。じゃーね」と言うと大きなバッグを持って店を出て行こうとした。

私は見送ろうと店の外へ出た。

彼女は「それじゃ、行くね。バイバイ」と言うと手を振ってきた。

「ああ、バイバイ」と私も手を振り返ししばらく見送ろうとしたら、彼女が急に振り返り戻ってきて私の手に小さな箱を握らせた。

あまりに突然だったので私は頭にかぶっていたクリスマス用の三角の赤い帽子を落としてしまった。

呆気にとられる私を残して彼女は笑いながら手を振って駅の方へ歩いて行ってしまった。

その箱は緑のリボンがかけてありサンタクロースが描かれた包装紙に包まれていた。

開けてみると中には丸いチョコレートが2つ入っていた。手作りだった。

それが私の最初のクリスマスプレゼントになった。


店長から彼女の話を聞いた。

歳は17歳で高校へは行ってなく、中学を卒業してからはアルバイトをしながら生活していたそうだ。

新潟から来たと言っていた。

私はあの小学4年生の時から、暗い目をした無口な女の子に惹かれてしまう。

そういう子が困っているとすぐに助けるようになってしまった。

あの事件だって飲み屋では日常茶飯事で普段なら我関せずで通していたのに、あの子が困っていたから関わってしまった。

どことなく小学校の時に突然いなくなった女の子に似ているような気がしてしまったのもあった。


仕事が終わり外へ出るとまだ町にはクリスマスソングが流れていた。

その時はまた彼女に会えるかもしれないような気がしていたが、結局会えずじまいになってしまった。

でも自分にとって最初のクリスマスプレゼントをくれた彼女の事はいまだに忘れる事ができない。

小学生の時に突然いなくなった女の子と共にだ。

どこかで幸せになっていて欲しい。

彼女らが幸せになっていることが、私の幸せでもあるからだ。








☆彡    

日産村山工場の跡地に吹いていた風は冷たかった

旧五日市街道の砂川三番の信号を北へ5分ほど車で向かえばイオンモールが見えてくる。

そこが日産村山工場があった場所だ。

20年ほども前になるが、私がまだ問屋の営業マンだった頃よくその道を通っていた。

工場の周りには団地や商店街があり、かなりにぎわっていたが工場が無くなってからは町は衰退していった。

当然その近くにあった得意先も売り上げが下がっていき廃業した店もかなりあった。

廃業していった店も含め、その周辺の店の店主たちはカルロス・ゴーンについてみんな非難していた。

話しの中では店のお客で30代で家を建てて、子供もまだ小学校へも行っていない幼い子供がいる人がいて、これからどうしていこうかと悩んでいるという話もあった。

ある日得意先を訪問した時、日産をリストラされた人がお客でやってきて店主と話をはじめた。

その人は高校を卒業してからずっと村山工場で40年働いていたとの事だった。

近くに家を建ててまだローンが残っていると言っていた。

幸い子供はみな独立しているので、それだけはよかったとのことだ。

店主が「カルロス・ゴーンはひどいな!人情もくそもないね。人を何だと思ってるんだろうな」とお客を慰めるように言った。

お客は「しょうがないよ。誰かがやらなきゃいけなかったんだよ。日本人じゃできないからね」

「でもさ、ここら辺でも何人もリストラされて困っている人がいるよ。それにこの店だって売り上げが減ってこの先どうなるか分かんないよ」

そう言うとお客は、うつむき黙っていた。

やがて

「 ・・・ ・・・    日産が、  残ればいいんだよ。     」 小さい声でそう言っていた。

「潰れて無くなるよりかは残っていてくれていた方がいいんだよ。日産がね」

少し投げやりな感じのようにも聞こえた。

そう言うと買い物袋を右手に下げて帰って行った。

その客は後ろのシャツがだらしなくズボンからはみだしていて、吐く息が酒臭かった。

店主が言うにはその客はリストラされてからは毎日店にワンカップを数本買いに来ているそうだ。

「あの人は高校を卒業して長野から働きに来た人なんだよ。日産で働いている事をよく自慢していたよ。乗り継いできた車も全部日産車。生粋の日産信者だな。だから日産が無くなるなんてことは絶対あってはいけないんだよ」

「それじゃ。今回の事はかなりつらかったでしょうね」

「そうだね。可哀そうだが、少し哀れにも見えてくるな。君も気を付けたほうがいいかもな」

その店主とは親しかったので遠慮なく話ができたが、最後に言った言葉がその後役に立つことになった。

自分も愛社精神を持っていたので、店主の言葉の意味を考えてその後会社が潰れても大丈夫な心構えができた。


それからしばらくして工場が取り壊され、平地にならされた広大な跡地を見に行った。

そこは所々に雑草が生い茂っていて、戦場の跡といった感じだった。

季節は冬だったので風が強くて寒かったことを思い出す。


あの客の事が気になって店主に聞いてみたら、最近働き始めたと言っていた。

一安心できたが、その数年後には今度は自分が同じ思いをすることになってしまった。


私が働いていた会社が今どうなっているのかと気になり、先日見に行ってきた。

3階建ての事務所も無くなっていて平地が残されているだけになっていた。

やはりそこには、ただ風が吹いているだけだった。


ただ店主から言われた言葉だけが今も心に残っている。

「君も気を付けたほうがいいかもな」の続き

「社員は会社を守ろうとするが、会社は社員を守ろうなんて思っていないよ」

まさに身をもって体験した事だった。







☆彡