はじかれ人の呟き

社会からはじかれ、健康にも見放され、孤独を生きる。

カテゴリー "大病" の記事

苦しくて倒れた時が何回かあった

手術をするまでに何回か倒れたり、気を失う事があった。

初めは中学生の時。

その頃は兄の勧めで陸上部に入って長距離走をやっていた。

走ることは好きではなかったが兄からの強い勧誘により入らざるを得なかった。

そして練習の苦しさから何度か気を失い倒れたことがあった。

他の人は誰一人倒れたことはなかったのに。

とにかく心臓が苦しかった。


そして高校生になりもう部活はしなかった。

その代わりバイトはやった。

高校2年の時にやったスーパーのバイトの時、休憩中に仲間からタバコをすすめられて吸ったところ、急に心臓が苦しくなりその場に倒れた。

その時は一口吸っただけだった。

15分ほど横になっていたら回復できた。

勧めてきた仲間は青ざめていた。


そして社会人になって二日連続で徹夜勤務をしていた時に心臓が苦しくなって倒れた。

その時診てもらった医者から心臓の音に異常があると言われ、精密検査を受けるように言われて大きな病院で検査をして大動脈弁閉鎖不全症だと言われた。

24歳の時だった。

いつか病状が進んだら手術だと脅されて、それ以来不安を抱えて生活してきた。


そして15年ほど過ぎ40代になった時、会社が潰れて1年間登山をしていた頃に登っている途中で心臓が苦しくなりあきらめて下山したことがあった。

その時は自分の病気の事を軽く見ていた。

その事があって登山を中止した。


そして家電量販店で働いていた時にまた心臓が苦しくなった。

倒れはしなかったがすぐに休んだ。

仕事中に唇が紫色だと言われたことがあった。


今まで何度も倒れたり苦しくなったりしたが、よくあの時死ななかったなとつくづく思う。

それほど危なかった。

今まであの走馬灯を何度見た事だろう。

鮮やかな色で映し出されるスライドショー。

また見る事はあるのだろうか?

今度見る時は最後のスライドショーになるかもしれないな。









☆彡    

半年に一度の精密検査へ行ってきた

朝の6時50分に車で家を出て、7時40分に病院に着いた。

今日はいつもより人が少なかったが、それでも56番目だった。

8時に受付が始まりすぐに血液採取を受けた。

次にレントゲン、そして2階へ上がり心臓のエコー検査をした。

しかしそのエコー検査が長くて30分もかかった。

それが終わったのが10時で診察で呼ばれたのが11時半だった。

今日は良く待った。

エコー検査まで1時間待ち、診察まで1時間半待った。

それで精密検査の結果だが何も異状はないとの事だった。

なので次回からは年に一回の精密検査になる。

次は来年の2月だ。

まだ今年も始まったばかりなのに、もう来年の予定が決まった。

なんか不思議な気持ちだ。

来年まで保証してもらえたような感じがする。

少しだけホッとした。

12時に病院を出たのだがお腹が減っていたので駐車場で持ってきたおにぎりを一つ食べた。

そのおにぎりは朝飯用に作ってもらったのにお昼ご飯になってしまった。

帰りは何処にも寄らずに真っすぐに帰ってきた。

午後の1時に帰宅した。

それからまた少しだけお昼ご飯を食べてゴロゴロしていた。

精密検査は終わったが明日はまた違う病院へ薬をもらいに行かなくてはならない。

偶然日にちが重なってしまったのだ。

めんどくさいがしょうがない。

また明日頑張って出かけてこよう。





☆彡    

体を切ると寒さが身に染みる

うちの隣に4回も手術で体を切った88歳のおばあさんがいる。

うちの母親とは同じ工場で働いていたので今でも仲が良くて話をよくする。

その話の中で手術をしてからは寒さが前より厳しく感じると言っていたそうだ。

まったく同じだと思った。

私も手術をしてからは寒さに弱くなった。

気温が15度を下回ると寒くてついダウンを着てしまう。

昔は部屋でダウンなど着たことがなかったのに今では我慢できない。

年のせいもあると思うがとにかく寒くてしょうがない。

早く春が来て欲しい。

ちなみに隣のおばあさんは冬になると服を重ね着するためいつもダルマ状態だと母親が言っていた。

私も一緒だ。




☆彡