はじかれ人の呟き

社会からはじかれ、健康にも見放され、孤独を生きる。

私だけのザ・ノンフィクション。死を見つめて

先日亡くなった婆さんの事はもう書かないと言っておきながらまた書いている。

やっぱりそう簡単には忘れる事ができない。

私の住んでいるところは山に囲まれたかなりの田舎で周りに家が8軒しかなく、そのうち2軒が空き家だから実質6軒にしか人が住んでいない。

そのほとんどの家の住民も出かける時には車を使うため会う事はなく、唯一外で会うのがその婆さんだけだったから、尚更印象深く残ってしまう。

それも婆さんが出かける8時過ぎごろに私はよく外の景色を見ていたので、婆さんがのそのそと出かけてゆく姿をよく見かけていた。

そしてまた帰ってくる時間も11時ごろなので、その頃もパソコンで疲れた目を休めようと遠くの山を見ている時によく見かけていたのだ。

ほとんど毎日と言っていいほど。

今日も散歩へ行ってきたのだが帰りにその婆さんがいるだろうかと周りを見渡してしまった。

なぜそのような事をしたかと言うと2週間前に同じ時間にその場所を通った時、婆さんが道端のコンクリートの台に座っていたからだ。

いるはずもないのに。

そのコンクリートは座るには丁度いい高さで父親も畑から帰ってくる時に休んでいる。

その時の婆さんの様子は疲れていて目がうつろだったような気がする。それに今考えれば道端で座って休んでいる姿は今まで見たことがなかった。

最近では母親と話をするたびに「もう死にたい」とよく言っていたそうだから少し鬱気味になっていたのかもしれない。

胸を打って病院に行くことを頑なに拒んでいたことももしかしたら自殺行為だったのだろうかと思ってしまう。

もしかしたら2週間前に道端で座っていた時にも「死にたい」と考えていたのだろうか?

そしてそれが私が見た婆さんの最後の姿だった。

そしてそれから1週間後に亡くなった。

ここに引っ越してきて30年、一度も会話はしたことがなかったが目にする機会がここのところ増えていたのでなかなか記憶から消す事ができない。

いやもう無理なのだろう。

母親も同じことを言っていた。母親の場合は1週間に1度は会って話をしていたから婆さんの死のショックが強いらしい。

「あの人は丈夫だからあと10年は生きるよ」とよく言っていて私もそうなるだろうと確信していた。

それなのにあっけなく逝ってしまい、私もかなりのショックを受けた。

そして残された息子さんだが未だに何も教えてくれない。

うちの両親とはたまに話をしていた仲なのにだ。

この土日も家に引きこもっていて出かけなかった。

いつもなら毎週土日は車で何処かへ出かけていたのに。

葬式が済んで母親の死のショックが徐々に心に響いてきているのかもしれない。

一人残された息子さん。

私もいずれ同じ目に合うのだろう。

生きていればの話だが。

そして今日3月10日は5年前に私が心臓の手術をした日だ。

あれからもう5年も経ってしまった。

ほとんど仕事らしいことはせずに過ぎ去っていった5年間、これからもまだ続くのだろうか?

それともあの婆さんのように突然、死が私を迎えに来るのだろうか?

そんな事を考えさせられた婆さんの死だった。







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