はじかれ人の呟き

社会からはじかれ、健康にも見放され、孤独を生きる。

頭痛の中で考えた安楽死

昨日山を登ったのが悪かったのか?

無理をしたのがいけなかったのか?

大汗をかき午後も暑かったのにエアコンをガマンしたのがいけなかったのか?

今考えるとすべてが原因のような気がする。

朝食後痛み止めを飲んだ。

少しは効いてきたようなのでブログを書いている。


ところで今日は選挙だ。

党の中に「安楽死を考える会」というのがある。

前から安楽死制度があればいいと思っていたので、もちろん賛成だ。

しかし投票するかどうかはまた別の話だ。

とにかく日本にもそういう考えの人が増えてきたことはいい事だと思う。

生きるという事はいい事ばかりではない。

悪いこともたくさん起きる。

それはどうしようもない場合も少なくない。

大病をして良く分かった。

大病をしなくたって仕事や人生に絶望していてもがいている人もたくさんいるはずだ。

普通に苦痛なく暮らしている人から見れば、努力が足りないとか自己責任とか無責任な意見が出てしまうだろうが、本当にもうどうにもならないところまで追い込まれている人はたくさんいる。

誰もそれを救ってくれる人はいない。

ならば最後に「安楽死」をさせてくれる場所ぐらいあってもいいと思う。

そこが最後の「逃れの場所」だと思う。

「逃げるは恥だが役に立つ」ではないだろうか。

それに自分のようにただ生きながらえるために無駄に薬を飲んでいると特にそう思う。

年金のためを思ってもそう思う。

無駄に年金をもらって生き続けるなら、死にたいと思った時に死なせてもらった方がいい。

そうすれば年金問題も解決する。

年をとればもうこのぐらいで人生を終わりにしたいと思う時は必ずやってくると思う。

別に悪い事ではない。

人間の最後の大イベントが死だと思う。

死を受け入れる事ができた時点で、人生は完結すると思っている。

その時は気持ちも穏やかになり、心も体も解放されるような気がする。

それがいつになるか今の自分には分からない。

もうちょっと先になりそうだ。


頭痛の中でそんな事を考えてしまった。

また少し痛み出したのでこのぐらいにしておこう。




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