はじかれ人の呟き

社会からはじかれ、健康にも見放され、孤独を生きる。

過去ログ

昭和一桁の頑固じじい

朝7時半、いつものように風呂掃除をしようと思ってお風呂場へ行ってみたら親父が風呂洗いをしていた。

親父は先日、89歳になった。

身体だけは今のところ元気だが相変わらず頑固だ。

少しは大人しくなったが昔はよく酒を飲むと荒れまくっていた。

酒癖が悪かった。

家族に仕事の愚痴や気に入らないことを当たり散らす。

近所でもその酒癖の悪さで有名だったと思う。

最近は酒を飲まなくなったからそういうこともなくなった。それに年を取ったのもある。

13年前に胃がんになり胃を全適した。

それからは3か月ごとに医者へ行っていたが、3年前に医者へ行くのが嫌だと言い出してから行かなくなった。

こっちが行ったほうがいいといっても言うことを聞かない。

歳だし仕方ないからあきらめている。

その親父がたまに気が向くと風呂掃除をする。

普段はいつも朝食の後はこたつに入ってぼーっとテレビを見ているだけなのに。

「こんなことは簡単なことだ。俺に任せろ」と言っておきながら3日も持たない。

風呂掃除をしない日に親父に言うとムスッとして何もしない。

仕方なく私が掃除をする。

昔なら私もそんな親父をよく罵り喧嘩したが、今ではもうあきらめている。

まったく危ない日々を今まで何回過ごしてきたのだろうか。

本当に危ない時があったからな。

昔はよく窓ガラスや電化製品が壊れたな。

あれは戦争といってもいいほどだった。

あの時が懐かしい。

もう御免だが。









☆彡    

市民税・県民税申告書

ここ数年の間何回か市から届く。

去年も書いたな。

市民税・県民税申告書

年にこの季節になると届くので書き方を忘れてしまう。

名前、電話番号、生年月日、個人番号だけは毎年一緒だからいいが後はどこを書けばいいかと説明書を見てしまう。

あった。「課税される収入がなかった人」の欄だ。

記入例に従って、


a   下記の人に扶養(仕送りまたは援助)されていた

氏名    父親の名前を記入        続柄(父)

生年月日   父親の生年月日を記入

(同居  ・  単身赴任  ・  別居) の同居へ〇


そして右にある項目

「預貯金(借り入れ等を含む)により生活していた」 の項目に〇

別に借り入れはしていないし預貯金で生活しているわけでもないが、何となくカッコ悪いのでそれにした。

さすがにニートだと思われるのは嫌だ。

障害ニートの見栄だな。悲しい。

後は封筒に入れて切手をはり散歩の途中にポストへ入れてきた。

これでまた今年も住民税がナシとなった。

しかしなんだか侘しい。

本当なら働いて住民税だって払いたい。

でも仕事がない。

昨年からいろいろ探してはいるが50を過ぎた障害者を雇ってくれる職場などまるっきりない。

警備員ならと思ったが障害者ではだめだった。

このままずっとニートが続くのだろうか。

わからないな。




わからん。




それから話変わるけど  

  「エガちゃんねる」とサブチャンの「替えのパンツ」    登録しました。

がんばれ! エガちゃん

昔からひっそりファンだった。





☆彡    

寂しくなる診察室

今日、年に1回になった精密検査へ行ってきた。

朝の5時40分に起きて歯を磨き顔を洗って身支度を整え、6時45分に車で家を出た。

朝陽が丁度登るところで東に向かって走っていたので眩しかった。

7時25分に病院について8時まで待ち、採血をしてレントゲンを撮りそれから2階へ行って心電図と心臓のエコーをやった。

レントゲンまでは1時間待ち9時過ぎに終わり、心電図とエコーは30分ほどかかった。

エコーではいつも念入りに行われるのでそれだけで20分はかかる。

10時に終わって11時の診察時間まで待った。

やっとこ時間になり呼ばれて診察室に入った。

そこにはいつものように手術をしてくれた先生がいた。

その先生を見るといつも安心する。

歳は40過ぎなので私よりは10歳も若いのだが落ち着いていて朗らかな顔が安心感を覚える。

先生はゆっくりとした口調で何事もないと精密検査の結果を教えてくれた。

私は安心して次もまた1年後かなと考えていたら、先生が突然「私は今月で退職するんですよ。だから今度は薬をもらう病院で精密検査を受けてください」と言われた。

私はびっくりして「えっ、本当ですか? …… 寂しくなりますね」とやっとこ口にすることができた。

先生は微笑んでいるだけでそれ以上何も言わなかったが、私にとってその先生は心臓弁置換手術をしてくれた言わば命の恩人だ。

私は何とか気持ちを伝えたかったが、淡々と事務的に話をするので話しそびれてしまった。

部屋を出る時に「6年間大変お世話になりました。先生もお体に十分注意して過ごしてください」とだけ言って頭を下げて診察室を出た。

車で帰る途中、もう少し何か気の利いたことが言えなかっただろうかと少し後悔した。

何とも寂しい帰り路となってしまった。



だから改めて書いておこう。先生はこのブログの事は知らないだろうが

本当にありがとうございました。

手術をしてくれてから6年間本当にお世話になりました。

御恩は決して忘れはしません。

これからの先生のご活躍を楽しみにしています。

また会えることも願っています。

本当にありがとうございました。







☆彡